今日は、久しぶりに運動した。
3か月ぶりぐらいかなぁ。
いつも走ってたランニングコースを走り終え、テンションが上がってきたので、そのままドンキホーテに直行。
フットサルのボールを購入して、近くの公園で一人で遊んでました。
最近、パソコンばかりの毎日で、久しぶりにサッカー少年の頃の自分に戻れて…
体を動かすって、大事だなぁ~。
さて・・・
今回は、『いい嘘・悪い嘘』です。
ドラマでよくあるワンシーン。
余命3カ月の患者に、その事を伝えるべきか、伝えないべきか…
伝える事が、患者本人の為か。
伝えずに、嘘をつく事が患者本人の為か。
"いい嘘、悪い嘘"を考える時、いつもそんな事を考えてしまいます。
伝えずに、「必ず治るよ」と嘘をつき、希望を持たせる事で、余命を希望で終わらせてあげるべきなのか。
伝えて、余命を本人の意思により、自由に選択できるようにし、余命で出来る事をさせてあげるべきか。
この場合、どちらも相手を思いやるからこそ、迷ってしまう選択です。
もし、「必ず治る」と言った場合、これはいい嘘なのか、悪い嘘なのか…。
みなさんは、どう感じるのでしょうか。
こればかりは、自分に置き換えて考える事など、出来ないような気がします。
"嘘を計る"時、相手を思いやっての嘘なのか、自分の利を得る嘘なのか。
これを基準に考えたとしても、いい嘘なのか、悪い嘘なのか…答えはないんだと思います。
また、別の話で、ある女性にこんな事を言われた事があります。
「浮気を、やっていないと嘘をつき、それを墓まで持っていけば、嘘は本当になり、夫婦円満で幸せなら、それはいい嘘」
だそうです。
ふむふむ・・・なるほど。。。
一理ある。
この場合、"夫婦円満を望む相手に対してついた嘘"であり、もちろん自分の利を求める部分もありますが、相手を思いやっているという意味では、いい嘘だと言えそうです。
※浮気を推奨しているわけでは御座いません。あしからず。
正義感には反していますが、"親が子供の教育を考えて"つく嘘ににています。
いい方向に向かうように、相手を思いやるといった嘘でしょう。
こうなってくると、何がいい嘘で、何が悪い嘘なのか、その判断基準などあってないようなものです。
そもそも世の中が、そのような嘘で溢れている為、計りようがないのかもしれません。
それは、"自分自身に対して"も、同じ事です。
時と場合で、自分に嘘をつくと事で、心が守られる事もあるからです。
嘘が、その人を形成するひとつの要素として…
人は、嘘をつかなければ生きていけないものとして…
いい嘘や悪い嘘などと、感じる感情がある。
それは、その人の人生観によって左右され、計られるものだと言う事です。
嘘は、つけばつくほど、免疫がつき、慣れてきます。
ただし、それらを繰り返す事で、いつの間にか、"嘘とホントの見分けがつかなくなる"ようになります。
そうなると、嘘に振り回されるようになり、人生の価値が低下します。
強いていうのであれば、そのような嘘が悪い嘘なのかもしれません。
もし、嘘に基準を設けるのであれば…
自分が大切に想い、大切に想ってくれる相手に対して、その自分(相手)の心に問いかけた時、それは嘘か真か?
それが、親なのか、恋人なのか…
自分の中で、ひとつ基準を設ける事で、嘘が意味あるものになるはずです。
いい嘘・悪い嘘・・・
時々、自分に問いかけてみてください。
次回は、『男の嘘・女の嘘』です。
お楽しみにぃ~。
管理者:マネトラ