| かなり前の話ですが、娘の家に引っ越しすることとなった一人暮らしの祖母の家を処分することとなりました。 昔は中の荷物ごと家の解体処分が可能だったそうですが、かなり前の話とはいっても、もうすでにそのようなことは無理な時代となっていたので家の中を片付けることに。祖母がすでに自分で必要なものは持ち出していたので、親戚一同が集まり残りの荷物の中から欲しいものは分けました。しかしながら各自欲しいものと言ってもそれほど多くのものが持ち出されることもなく、残った大量の荷物を我が家が片付けることに。 仕事のある父は私ができることは休日に少し手伝いをする程度で、主な片付けは嫁である母がほぼ毎日のように祖母の家に通って片付けを進めていきました。大概のものは古いか壊れたりしていて、処分にためらうこともなく黙々と母は古い家の中を順番に片づけていきました。 そんなある日、珍しくも弱り切った表情で母が「押し入れの中からすごくたくさんの着物が出てきた。どうしよう」と私たちに相談をしてきたのです。父も私も話を聞いた当初は「質屋さんに売る?お金になるかもしれないよ?」なんて言って冗談交じりで笑っていました。この頃はまだ、今ほどリサイクルショップなどあちらこちらにはありませんでしたし、あまり身近な存在でも気軽に使えるような存在でもありませんでした。 そして、実際に押し入れを見た私たちは絶句しました。押し入れというよりも少し小さな納戸といったような場所にぎっちりと詰め込むように置かれた着物専用の箪笥に、これまたみっちりと押し込まれた着物の山があったのです。何枚あるのかなどわかりませんし、数の多さに圧倒されてすでに数える気も起きません。 結局、質屋に売ることもなく、廃品回収と燃えるごみの日に十数回に分けて捨てました。分けて捨てたのは、近所からそのころすでに毎回出すゴミが多すぎると苦情が来ていたからです。質屋にもっていかなかったのは、あまりにも大量だったことと、どれが価値のあるものかどうか私たちには判断がつかなかったからです。その頃の質屋は先ほども言ったようにあまり身近ではなく、どちらかというと古美術品を買い取りような、高価な品物以外を持っていくと笑われてしまうような、そんな妙な敷居の高さが私たちの中にはあったからです。 昨今、あちらこちらに見かけるリサイクルショップや着物買取 宅配、着物買い取りますといったような広告を見るたびに、あの頃にこんな時代だったらよかったのにとたまに今でも思います。実際の価値はどうあれ、大量の着物が燃えるごみとして袋に入れられた光景は、いまだに罪悪感とともに思い出す光景です。 |