遙か十年祭 武道館編2日目~私的感想①:昼の部~
いやあ、面白かったです。
ネオロマのイベントをがっつり観覧するのはネオロマ15周年イベント以来でしたので、この雰囲気が凄く楽しかったなあ。
というわけで、セトリも交えて少々感想を。
まずは昼の部。
出演者の皆様は:
三木眞一郎さん、関智一さん、高橋直純さん、宮田幸季さん、中原茂さん、井上和彦さん、保志総一朗さん、石田彰さん、桑島法子さん、川村万梨阿さん、花輪英司さん、松田祐貴さん、浜田賢二さん、置鮎龍太郎さん
メインドラマとキャスト紹介は遙か3でした。(16日の昼は1、夜は2だったので、やっぱりメインはシリーズごとにあるのですね。)
この回はメインキャストの方が揃っている上に、サブキャラクターのキャストもほとんど揃っていたので豪華でしたね。
最初の歌は鳥海さんの「浄土と阿修羅の金環蝕よ」でした。この曲イントロも凄くかっこいいので、最初の和楽器がなった瞬間自分の中でテンションがドーーンと上がりました。
生・鳥海さんは初でしたが、精一杯歌われていて素敵でした♪
全員参加のメインドラマは将臣と敦盛がメインで平泉のお話。梶原兄妹のシリアスなやりとりが泣けました。やっぱり3で長いドラマになるとシリアスになってしまいますね・・・。でも、なんだかんだいってそこが好き^^;
メッセージ朗読は2のキャラクター。
石田さん(安継)、中原さん(幸鷹)、三木さん(頼忠)、置鮎さん(アクラム)、宮田さん(彰紋)、保志さん(泉水)
でした。
石田彰さんの生朗読は本当に貴重だ・・・
合間に歌もありました。覚えている範囲で:
「森籠 水色 精霊歌」 (高橋さん)
「潮騒は生涯の相聞歌に・・・」(宮田さん)
「火群の地平線」(関さん)
「空蝉の恋」(井上さん)
「桜梅は焔華の蝶群に」(松田さん)
「月夜に 音色の思慕文」(保志さん&花輪さん)
「煌めきの月」(高橋さん&井上さん)
でした。松田さんと花輪さんはイベント自体に出演されることも稀のようなので、出番が多くて嬉しかったです。花輪さんのテノールっぽい歌い方が「月夜に~」に合っていてよかったです。
八葉のキャストさんにスポットを当てる「大解剖トーク」のメインは石田さんと宮田さんでした。宮田さんが「料理と選択だったら料理が好き」って行ったとたんの会場からの大ブーイングがちょっと笑えました。うーん、ラーメンにフルーツは、ちょっとないなあ・・・^^;
後半は先日放送された「遙か3」のアニメDVDの宣伝も兼ねて名シーンの生アフレコ。ガイドは関さんと宮田さんでした。
コメディ系のショートドラマは1本目が遙か4で忍人メイン。(中原さん、三木さん、宮田さん、関さん)。忍人のキャラが暴走していた・・・^^;
2本目は遙か1でメインはイノリ、かな?(高橋さん、置鮎さん、石田さん、井上さん、保志さん)
アクラムがちょっと不憫でしたね・・・^^;
そういえば置鮎さん、役が変わるごとに首に巻いている羽マフラーの色が違っていてちょっと面白かったです。(白龍なら水色、アクラムなら黒)
アクラムの場合は、纏っている毛皮のイメージだったのかな?うん、よかったです。
エンディングは一言ずつの挨拶と、「遼遠の旅路を行け」でした。
うーん、豪華だった!!
構成も飽きずに楽しめる内容でしたし、ひとつひとつが面白かった!
欲を言えば、もっと桑島さんの出番があればなあ・・・。と。桑島さんはこの公演のみのご出演のようでしたので、余計に朔の歌とか聴きたかったです。残念。
夜の部の感想はまた後ほど。
日付が変わる前に書きたかったこと
15年前、私はまだ小学生でした。
日本では東京と神奈川以外に住んだことの無い自分にとって、その日の出来事は現実には理解しがたく、どこか遠い話のようにも、近く迫ってくる脅威にも聞こえ、わからないままに泣いたことをよく覚えています。
私がその日のことをよく知ってみようと思ったきっかけとなったのは、知り合いの役者さん(私にConsoleという芸名をくださった方を事実上紹介してくださった方です)が出演された舞台を見たから。
その舞台はこちら。
http://www.land-navi.com/backstage/report/t-d/index.htm
私が初めてこの作品を見たのが2004年。
私が大学1年生の時でした。
当時、この作品に携わった方の一人が
「この舞台は多くの命の上に、そして多くの命の中で成り立っている。僕らにできることは、それを知り、覚え続け、伝え続けていくこと」
と仰ったのをよく覚えています。
この作品の脚本を書かれた岡本貴也さんのブログ(下記URL)でも、本日の投稿で作品について触れられています。
http://ameblo.jp/okamot/entry-10436082432.html
兵庫に昔住んでいた旦那の家にはまだ、地震のときにひび割れて崩れた塀の痕が残っています。
何も出来なく、何も出来なかった私が今、せめてできることといえば、
「それを知り、覚え続け、祈ること」
なのかもしれません。
今日は年に何度かある、「祈りの歌」を歌う日なのだと思っています。
15年経った今、自分が「祈りの歌」という歌を作れて、心を込めて歌えるということが、いつか「伝え続けること」になれますように。
15年前を覚え、その祈りを伝えあい、人と人とが繋がっていられますように。
