このブログを読んだ人はきっと、なんだかよくわからないという印象を受けるだろう。個別の話題について短く論じられているが、記事によっては中々難しいものもあるし、各記事のテーマがバラバラでまとまっていないように思うことだろう。ただ、難しくても決して無意味なことを書いているのではないように見えて、どう受け止めればよいか、どう評価すればよいかよくわからないと思うことと推察される。
よくわからないのもうなずける。これらはすべて、私が今日まであらゆる経験を通して練磨してきた思想の結実である。長い時間をかけ、何千何万と試行錯誤を繰り返してきた結果である。これらはすべて、よりよい人間のあり方を追い求めてのものであった。こうした雑多な知識全体がまさに私という人間を形作っているのである。だが一つ問題があり、今の私の思想は人間のあり方を個別に調べることによって作り上げられており、幾分か普遍性が損なわれているのである。
このブログの目的は、個別の話題について私の考えを書き表し、それによって私自身を知ることである。雑多なものをまとめ上げて統一された普遍的なものを作り上げる上での前準備である。複雑なものは複雑なままでは他者が理解しづらい。私の考え全体を多くの人が理解可能な形にするには、私の個別の考えをまとめ上げて普遍性を備えたものにすることが必要だと思う。どうして理解してもらいたいかというと、人がより良くあるにはきっと私の考えたことが役に立つからである。とはいえそうはっきりとした理由でもない。
あと、副次的な目的であるが文章を書く練習でもある。本当は私は難しいことでも文章として書くより話して伝える方が得意だ。しかし話ではどうしても正しさというものが欠けてしまうし、伝えられる人の数にも限りが出る。このブログは私が文章を書く目的も兼ねているわけだが、実は記事の話題に合った形で文調を変えている。科学の話は論理的に、道徳の話は説得的に、随筆は自然な感じで、といった感じだ。
ここまで読んだ人の中には、私が読者をあまり重視していないのではないかと感じる人もいるだろう。決してそういうわけではなく、暗め、硬めの文章が続いた後には読んで気持ちのいい明るく柔らかい文章を書こうと意識している。それに、読者の感想は積極的に記事の執筆に取り入れている。面白いと言ってもらえればうれしいし、よくわからないという意見も参考になる。
だからどんなものでも感想を教えてくれるとうれしい。私の文章を読んだ人がどんなことを思うのか、非常に興味深い。また、何か意見があれば遠慮なく伝えてほしいし、書いてほしいテーマがあれば積極的に教えてほしい。かなり幅広く対応できると思う。