心は軽やかでありながら深みを見つめ、何事にも大きく動揺せぬが万事について心が自然にゆっくりと動くのを感じ、うれしいことには無垢な子どものように混じりけのない笑顔を浮かべ、悲しいことにはなんともなしに少し落ち込んでしまう。心は明瞭で隠すところがなく、純粋な喜怒哀楽が自然と浮かんでくる。その感情は決して大きいものではなく、少し外にあふれ出る程度である。悪いことを考えるのはなんというかよくないなと感じ、悪意は自然と消える。美しいものに出会えば微に至るまでよく見つめ、美を自然と感受する。難事に出会えばよく考えて理解に努め、平易な物語に解する。人をよく見て何を考えているのか自然と感じ取る。悲しみを抱えているのなら話を聞き、喜んでいればそれを分かち合う。人が困っていれば助けられないか思案する。小さないいことがあれば小さな喜びを感じ、小さな悲しみは長く抱えることがない。ちょっとしたことでも幸福感が心の中に満たされる。
心がもっとも純粋な時間は朝起きた後である。何を考えるのでもなく喜びもなく不安や悲しみもなく、ただ習慣が導くままに体が動くのみである。どんな高尚な人間もどんな悪人も眠りから目覚めたときは何を考えるということがない。意識が覚醒するにつれて少しずつ日常が心に入り込んでくるが、ほんの少しの間でも人はみな同じように純粋な心を持つ。朝の心は静かである。いかなる人でも枝葉末節に揺れ動くことが少ない。
混じりけのない心は純朴な人柄を導く。素直で裏表がない。人に隠すところのあるような暗さ、陰湿さがない。朗らかで明るく、いろんなところに交じって溶け込む。自然な喜びが外に醸し出され、笑みが自然とあふれ出る。そういう人には、幸せが自分の内側から自然と生まれてくるのだと思う。