先週、モデルナ社製の新型コロナウイルスワクチンの未開封の容器の一部に異物が混入していることがわかった。既に新型コロナウイルスワクチンを打った人は、ややもすれば自分の体の中に本来入るべきでない何かが入り込んでいるのではないか、自らの体が未知の存在、自らにとって害をなす存在に侵食されているのではないかという人間の根源的な恐怖、気色悪さ、不安を感じているのだろう。
このような人間の根源的な恐怖心、人間の動物的、原始的な性質に密接にかかわる恐怖心というのは一般に非常に厄介で、人間の理性で克服することが困難であることが多い。恐怖に囚われた人間は次に、今回の件に関連した疑いを持つだろう。例えば、
- 自分が打ったワクチンの種類はモデルナ社製だったか?
- 使用が見合わせとなったワクチンのロット番号と自分の打ったワクチンのロット番号は同じか?
- 仮に自分の打ったワクチンに何らかの問題があった場合、どんな健康被害があるのか?
- 実際に今回の件に関連した健康被害は報告されているのか?
といったものや、より陰謀論じみたものとしては
- ネット上で流れていたワクチン接種にかこつけて人間にICチップを埋め込もうというのは本当だったのか?
- 誰かが作為的に入れたのではないか?
- そもそもこの報道自体デマではないか?
といったものもある。陰謀論が活気づくのは間違いないが、それよりもずっと重要なのは今回のワクチン接種にずっと付きまとっていた、新型コロナウイルスワクチンは安全ではないのではないかという疑念に決定的「に見える」根拠を与えてしまったことだろう。
今までのワクチンの安全性に対する疑念は承認プロセスなどの間接的、しかし決定的ではなく曖昧さを含む根拠を持っていたが、なによりも人間の心理的拒絶によるところが大きかったように見える。今回の異物混入について専門家はいまだ安全宣言を打ち出せておらず、少なくとも人体に関する医学的知識が少ない人間にはワクチン接種が安全であると判断することが困難になり、それどころかワクチンを接種しないと判断することが非常に容易になってしまったことにある。既にワクチン接種した人間の中からもワクチン接種それ自体が間違っていたのではないかという主張が出てくるだろう。
具体的には、これからワクチン接種を推奨するには今接種に使われているワクチンのうち問題のあるワクチンが完全に排除されること、そしてそのための措置が国によって十分になされていることの根拠が必要なのだが、それを与えることが非常に難しい。国の対応が正しいかどうかはまだ判断が可能であるにせよ、使用済みを含めた他のワクチンにも異物が混入していたのかを完全に判断することは困難であると想像されるからだ。
だが、私は今回の異物混入事件がワクチンの安全性に疑いを与えたとはいえ、直ちにワクチンが安全でない、安全でなかったと判断するのは誤りであるし、今までのワクチン接種が誤りであったと判断するのは早計であると考える。とにかく我々は判断を急いではならない。まだこの問題の全容解明には至っていないし、混入していた物質がいかなるものなのか同定がなされていない、そして異物混入と因果関係があると判明した健康被害の情報はない。
つまり今はまだこの問題に対して判断するだけの情報がないし、こういう時はとりあえず待つしかないのだ。自分のワクチンのロット番号を見たからといってさしたる意味はない。なぜなら、既に使用済みのワクチンの中にもこうした異物混入は起こっているかもしれないし、自分の体の中に異物が混入したかは少なくとも今は、あるいはずっとわからないままである。そして、異物が混入していたからと言って、実際に健康被害が起こるとは限らない。また、異物としてマイクロプラスチックが体内にすでに人間の体内に混入してしまっているようであることを知れば、事態を相対的に見ることができる。何か体調に不良があれば、その時初めて医療機関に相談すればよい。
医学の知識がない私を含め、我々は今が感情的になりやすいときであることを自覚し、一度立ち止まって考えなければならない。とにかく落ち着いて、冷静に、理性的である必要がある。