今年でアジア太平洋戦争の敗戦から76年である。すでに戦争を知る世代の多くが死に、過去の戦争の惨憺たる有様を身をもって知る日本人は少なくなり、戦争を知らない子供たちは自分の国で起こったあの戦争をどこか他の国の出来事、断絶された時空間での出来事ととらえ、人ごとのように感じている。多くの若者はあの戦争のことをあまり知らないし、興味を持つ者もその武器や艦船、航空機にのみ焦点を当てたり、戦争体験者から空襲の有様を聞いたことがあるが戦闘行為自体には非常に曖昧な観念を持っていたり、言葉による叙述としては知っているが戦争を体感を持って感じ取る、すなわち自らの内に内面化し戦争とそれを行う人間の有様に心の奥底が動かされるといったことができないように見える。

 

 だが、まぎれもなくあの戦争は約80年前、15年もの長い間続いたし、太平洋戦争の4年間は特に戦禍が拡大したのである。特に学生は好む好まないを問わず強制的に徴用され、戦争の最前線に送られ、銃弾に倒れ、飢餓に倒れ、病に倒れたのである。

 

 まず、学生は繁華街をただ「歩く」だけで警察に捕まった。学生の分際で映画を見たり、飲食店を歩いたりするのが、「時局をわきまえない不良不埒の行為だ。」というのである。昭和13年2月には、わずか3日間に東京だけで3,486人の学生が挙げられたという。当然思想的弾圧は甚だしく、太平洋戦争開戦後になれば、自由主義とは、「敵米英」と同義語のように使われ、自由主義を表明することは、みずから「国賊」「非国民」であることを宣言するに等しかった。

 

 それだけでない。大学に通う学生は戦争の進展に伴い繰り上げ卒業させられた。昭和17年3月卒業見込みの学生は昭和16年12月に卒業し、18年3月卒業見込みの者が17年9月に、19年3月卒業見込みの者が18年9月に、そして19年12月「学徒出陣」によって、在校生すべてが根こそぎ軍務に服することになった(『きけ わだつみのこえ』上、日本戦没学生記念会編、以下の引用もこの本による)。軍に入隊して1年間、初年兵は兵営でありとあらゆる方法を尽くして苛め抜かれ、上等兵の一切の面倒を見なければならない。少しでも怠れば、たちまち鉄拳制裁の嵐が吹きまくる。

 

 こうした背景を踏まえて『きけ わだつみのこえ』を読むと、戦争により学びたかった学問が理不尽に取り上げられ、戦争に駆り立てられて遠い国で死んだ学生たちの無念が伝わってくるのである。この本は日本戦没学生の手記集であり、戦地に送られた若者の中でも特に文を書く能力にたけた者の手記をまとめたものであるが、否応なく死の淵に立たされた若い学生たちの隠しきれぬ苦しみ、怒り、無念が伝わってくる。特に私の記憶に残っているのは京都大学経済学部生でシンガポール、チャンギ―刑務所にて戦犯刑死した木村久夫氏の文章である。彼は将校により法廷で真実の陳述を成すことを禁じられ、そのために命令者たる将校が懲役刑、被命者たる自分が死刑の判決を下された。理不尽なる死を遂げようとする最中でも新たな日本の行く道を考え、自らの考えを遺書として残したのである。彼はあらゆるものをその根底より再吟味するところに日本の再発展の余地があると述べている。私はこの言葉を、何事もまず疑うことから始めなければならないという遺訓と受け止めた。

 

 我々戦争を知らない若い世代はどのようにしてあの戦争を知ればよいか。私は、まず叙述としてのアジア太平洋戦争を知ることが大事だと思う。15年にも及ぶあの長い戦争を断片的な戦闘や空襲のみならず、柳条湖事件から玉音放送まで包括的に知ることで、あの戦争を時間軸に沿った流れとしてとらえることができる。

 

 だが、あの戦争をただの歴史としてとらえてはならない。ただの叙述としてとらえれば、あの戦争があまりにも今の日本人の有様と異なるためにどこか平安時代や江戸時代の出来事のように感じてしまう。それでは時間軸が1945年8月15日と1945年8月16日で完全に途切れてしまう。つい76年前まで続いていた戦争なのだから、今に密接につながる歴史として、今と一つの流れとして、連続性を持ってとらえなければならない。

 

 そのためにはどうすればよいか。そのために必要なのは、戦争の惨禍に苦しんだあらゆる人々の感じたことを想像し、痛みを知ることである。我々は戦争を目の前で見たことがないのだからどこまで行っても戦争は想像することしかできない。しかし我々には他者に共感する能力がある。戦争の最中にある日本人、韓国・朝鮮人、中国人、東南アジアの人々、出来る事ならアメリカ人の感じたあらゆる感情、怒り、興奮、苦しみ、恐怖、狂気、無念、諦念、時には喜び、楽しさ、嬉しさを、我々も映画や小説、ドキュメンタリーなどを通じて不完全ながら感じることができる。特に彼らの痛みを知ることが最も重要である。なぜなら痛みは最も長く続く感情であり、今でもあの戦争の痛みを忘れられない人が多くいるし、日本国内のみならず周辺国においても社会問題となっているからである。それに、痛みを知ればそれを与えた相手に自然と謝りたくなる、謝罪に駆り立てられるものであり、それは相手と腹を割って親密になるには欠かせないものである。

 

 未来は過去の繰り返しであってはならない。現在は、よりよい未来のためにあるのである。