かつて福沢諭吉は言った。国家が独立するためには、まず個人が独立しなければならないと。ジョン・F・ケネディは言った。国が自分のために何をしてくれるかを考えるのでなく、自分が国のために何ができるのかを考えよと。

 

 我々の住む世界における時代の圧力、すなわち慣習や流行への盲目的従属を強要する力はとてつもなく強い。古き時代を受け継ぐ者のみならず、新しき時代を作ろうとする者もたいていの場合時代の目に見えない雰囲気に従っているだけである。

 

 真の独立人は古き因習のみならず、進歩的人間が望む未来の構図すら疑わなければならない。とくに無知がもたらす無関心、偏在的知識がもたらす偏見によくよく注意する必要がある。時代を担うのは己の使命であると心に誓い、自らの哲学はすべて批判の砥石によって研ぎ澄まされなければならない。

 

 すなわち独立人とは、森羅万象を人の身で可能な限り十分に知り尽くし、知識を己の精神の中で練磨し一つの整った思想体系として練り上げた人間のことをいう。このような人物は物事の判断に対してそれを判断する基準とそれらの優劣を理解しているため、万事非常に明瞭である。

 

 独立人はただ身近な問題に対してだけでなく、社会、政治、自然、人間精神、芸術など、すべてでなくとも多くの分野について豊かな知見を兼ね備えているため、中には時代の導き手、それを超えた人類の導き手を担うものもいる。特に優れた導き手として、アリストテレスやカント、ヘーゲルなどの欧州人や、孔子、老子などの中国人、また親鸞、福沢諭吉などの日本人がいるだろう。

 

 だが我々日本人は、誰もが認める歴史上真に優れた日本の思想家を知らないし、日本人の精神の根源となっている思想を作り出した思想家というものは存在しない。歴史上の偉大な思想家を聞かれても誰も知らないか、西洋の思想家ばかり思い浮かぶのが現状である。思想は一人の英雄的人物によって作られるものではないのは確かだが、日本にもやはり一人ぐらいはそのような人物がいた方がいいと思う。同じ土地で生まれた偉大な思想的導き手の存在はこの先日本人がもっと自らの精神的世界に関心を払うことにつながるだろう。自らの精神に注意を向けること、また優れた思想家の思想を知ることは独立人への第一歩である。




※2021/7/12 第2段落初行改変、第4段落2行目改変