アリストテレス、孔子、仏陀、ニュートン、オイラー、カント、アインシュタイン...時代を担い、人類文明の未来を永久に変えた抜きんでた知性を持った人間が歴史上に何人かいる。人は彼らの偉業を見て、主に二つの感情を持つだろう。彼らはなんてすごい人間なんだろう。そして自分は彼らを理解できないだろうと。

 

 しかし歴史を紐解けば、時代の永久の変革者となった彼らの事業は時代の支えがあって生まれたものであり、決して彼らが0から生み出したものではなかった。アリストテレスはソクラテス、プラトンの流れを受け継いでおり、ニュートンはケプラー、ガリレオの数学的自然観があって運動学を作ったのであり、アインシュタインはエーテルの問題とローレンツの偉大な発想を基に相対性理論を作ったのである。時代の波に乗り、時代を変革する大きなひと押しをしたことが彼らを歴史上の偉大な知性としたのである。

 

 ならば彼らはどうして時代を動かす大きなひと押しをすることができたのか。どうして他の人間にできなかったのか。彼らに限らず、その時代に優秀と言われた人々は、当時最新の学問の知識体系を己の精神の中で強固に結び付け、その学問が対象とする事象を他の人より多くの視点から理解する能力を持っていた。だが、時代を大きく動かした彼らにはさらに特有の能力があった。それは、その学問が対象とする事象を、一般にそれを理解するのに必要とされている学問の知識体系を超えたさらに広い視点からとらえる能力である。

 

 ニュートンの惑星運動の理論は、彼がそう言ったかどうかにかかわらず、惑星の動きの理解に必要な知識体系の中から神を排除するものであった。少し前の時代にケプラーの法則を発見したヨハネス・ケプラー(1571-1630, ニュートンは1643-1727)の著作を読むと、彼が自然の中に神の介在を認めていた中世の世界像に強く影響されていたことがわかる。しかし、今日われわれがニュートン力学を学ぶときに神の存在を仮定する必要がないことからもわかるように、神の御業がなくとも数学のモデルで自然を記述できることが明らかになったのだ。

 

 さらにいえば、それは長い時間スケールで見れば12世紀のルネサンスにより再発見された古代ギリシャの自然観をすべてでないにせよ受け継いだものともいえる。自然の運動が原因をもつとしたアリストテレスの自然学の影響を受けているのだろう。ニュートンは、古代ギリシャの自然観によりつつもそれとはまったく別の相(特に、運動に究極の原因を求めるのでなく運動を予測する方法論を展開したこと)へ科学を導いたともいえる。

 

 時代は常に変化しつつある。時代を動かす担い手は名もなき多くの人間から一際異彩を放つ一握りの人間までさまざまである。ここまで時代を変える仕事をした人間はどうしてそのようなことができたのかを見てきた。歴史は別の様相を呈しながらも繰り返す。ならば、次の時代を彩る知性がその際立った知性を持つ理由もきっとここで上げた類に漏れないだろう。