「夢を追う。」この言葉を聞いて、どんな想像をするだろうか。甲子園の夢を追いかけて日々努力する高校野球少年、アニメーターや声優を目指す若者、途中退職して自分のやりたいことで生計を立てること、人によって様々だろう。夢を追うことを美しい、憧れるという人もいれば、そんなことはできやしない、安定した職業に就くべきだという人もいるだろう。
夢を追うことは生活面での苦難を伴うかもしれないが、自分の好きなことをして生きられることはきっと楽しいだろう。こんな誤解を皆がするようになったのはいつからだろうか。よほどの運か才能に恵まれない場合、こんなことはありえない。競争の激しい領域で自分の好きなように生きたいのであれば、他人よりもよほど抜き出た能力があるか、(領域によっても異なるが)ある程度の運があるか、またはその両方が必要である。
自分が他人よりもずっと高い能力があるように見えても、環境が変われば自分よりも能力が高い人間がたくさんおり、井の中の蛙であったなんてことはよくあることだ。自分のやりたい仕事は自分よりも能力があったり幸運に恵まれていたりする競争相手に奪われ、自分が望んでいなかった仕事で生計を立てる、もしくは仕事にすらありつけないことがある。
ならばどのようにして自分のやりたい仕事を得るか。いくつか方法がある。一つは、他人よりもずっと多くの努力、効率的な努力をして、卓越した能力を得る。または、競争相手が真似しづらい、自分にしかない能力を得る。仕事相手からの個人的信頼を得るのもよい。情報を集めたりいろんなところに足を運んだりして仕事を手に入れる機会を増やす。いずれにせよ、どうすれば仕事が得られるか自分でよく考え、努力ないし行動することが必要だ。
だが今の夢追い人を見ていると、自らの能力を高めるために包括的に努力するということを軽視している人が多いように見える。卓越した仕事をする、名声を得るにはまず不断の努力が必要なのは言うまでもない。自分の好きなことについてのみ努力しても好きな仕事をするための能力はある程度得られるだろうが、たいていの場合自分の好きなことは好きな仕事にかかわる領域のごく一部であるため、狭い専門的な能力しか得られない。したがって、卓越した仕事、特に創造的な仕事をするためには、自分の好きでないことについても努力して自分の仕事と間接的にかかわる領域を自分の仕事に活かす能力が必要である。
それは決して楽しいことばかりでなく、大きな苦労を伴うものだ。時にはさして好きではないような領域のことでさえ、自分の好きな仕事に活かせる程度の能力を得るために場合によっては数か月努力しなければならない。自分の目的を達成するためには回り道することも必要である。
私はテレビや雑誌の夢追い人を見ていて、彼らは自分の好きな仕事に直接関係するあまりに狭い領域にとらわれているように見えた。このブログのタイトルにもあるが、本来世界は非常に複雑であり、普段明示的に意識せずとも自分の仕事とかかわりのある領域はたくさんある。自分の仕事に直接かかわりのある領域にとらわれ、あまりに専門的になりすぎると、世界が複雑で各領域が密接につながりあっているという単純な事実を見逃してしまう。
今を生きる夢追い人にはもっと広い視野で自分の夢を眺めてほしいと思う。つぶさに見れば、自分が思うよりも様々なことが自分の夢に関わっているし、それらは自分のやりたいことに活かせるものだと気づくだろう。