あらゆる学知は人間のより良い生、偏見からの解放、世界の理解に役立つ。特に、学問は人間が世界を理解するための道具として使うことができる。例えば、科学の知識を得ることにより我々は世界の諸部分(これは有限でなければならない)を抽象化し、具体的な物理学の問題に変換することができる。以下で一例を示そう。

 

 建物の中で床を力いっぱい踏みつければ音が鳴る。ちょっとした観察で、この音の大きさは加えた撃力の大きさについて単調増加し、音の高さは足の接地面積に応じて単調減少することがわかる。足を非常にゆっくりと床へおろせば音は少なくとも立っている人間の耳には届かない。また、床の材質が変われば音の強さ、音の高さも変化する。音は0.1s程度で減衰し、すぐに聞こえなくなる。踏みつけた床の変位を足で感じ取ることはできないが、十分に大きい力で足を床に押し付けておかなければ足は床から跳ね返って自分の方向へ戻ってくる。もしかすると十分に広い床でなく、例えば寸法が1m四方の程度の大きさを持つ床であればまた新たな現象が生まれるのかもしれない。また、地上の土を踏むときにも、薄い板でできた建物の床と異なる挙動を示す可能性がある。

 

 このような床の振動によって音が生ずる問題は弾性理論によって解答をあたえることができる。問題をこの手法を用いて説くためには、問題を抽象化する必要がある。今回の場合、無限平面をもつ厚さの定まった薄い床にたいして、ある圧力分布をもつ外力を指定された時間だけ加えたときに起こる床の内部の座標の変位を求める問題となる。外力は変位の満たす運動方程式に直接含まれるのではなく、床の内部応力の満たす境界条件に含まれる。このようにして、具体的な物理学の問題に書き直すことができたため、これを解くことにより、床の内部の座標の変位の振動数や振幅が求まるであろう。そして今度は床が音叉のように自らの変位によりその境界を通して空気中に振動を伝播する(これは流体力学の問題である)という問題を考えれば、音波が床から耳まで届いたときに我々の耳がいかなる振動数、振幅の音をどれだけの時間感知するのかがわかるであろう。

 

 この例が示すように、十分な科学的素養があれば複雑でない限りたいていの自然現象に関わる問題は物理学の問題に変換することができるだろう。ただし、生物がかかわる問題やカオス的な問題は簡単に変換できないため、単純な場合分けや定性的ないし非量子力学的な確率的性質をもとに理解を進めることで物理学による理解の部分的な代替とすることができる。これらの手法により驚くほど多くの自然現象を物理学ないしそれ以外の問題に置き換え、観察や実験、理論を通して理解を深めることができる。自然現象を科学の問題に置き換えることができる人間はまさしく科学的自由人と呼ぶにふさわしいであろう。