まぶたを閉じれば、我々の視界は闇に閉ざされる。我々が睡眠時に必ず行う動作であり、その暗闇の世界に今まで地上で生を受けたすべての人類があらゆる想像を投影してきた。今回は、この暗闇を考察する。

 

 まぶたの裏の暗闇も、今自分がいる場所に光があればまぶたの薄い皮膚を透過して光が眼に差し込んでくる。この時に我々が見る暗闇は、暗闇であるにもかかわらず光のない場所にいる時と比べて明るく感じる。眼をいろいろな方向に向けると、その方向が明るいかに応じて暗闇の「明るさ」も連続的に変化する。そして、その変化のさまも決して暗闇が同時に一様に明るくなるのではなく、暗いところから明るいところへ眼を向けると、先に明るいところへ入った部分から暗闇は明るくなることがわかる。ただ、その変化は小さく、光量の比較的大きな変化でなければ意識して初めて気づくほどのものである。

 

 睡眠時、真っ暗闇の場所で床についているときも、暗闇は場合によっては豊かな色彩を見せる。暗闇と言っても意識を向ければ流体のようなグラデーションがあることがわかる。ただ、これははっきりと輪郭を持ったものではなく、ぼんやりとぼやけたものである。この輪郭のないぼやけた色彩がかすかに見える暗闇に、我々は簡単な像を投影することができる。丸、三角、四角といった簡単なものから、ぼやけた人間の顔、ぼやけた数式、ぼやけた風景がまぶたの裏の暗闇に映し出される。しかし、それを長時間維持するのは難しく、たいていは短時間で消えてしまうか、自分の思いがけない方向へ想像が移っていく。また、動画として映し出すことは難しく、やろうとしても静止画のパラパラ漫画のようになってしまう。

 

 睡眠前には、今日あった出来事を振り返り、うれしくなったりいい気分になることもあれば、失敗を悔しがったりさびしい気分になることもある。将来への期待に夢を膨らませれば、逆に不安に精神を支配されることもある。過去の楽しかった出来事に思いをはせれば、逆に苦しみや後悔の感情を思い出すこともある。複雑な人間の精神の記憶と記憶の相互作用、ないし記憶と今の精神状態との相互作用がそうさせるのであろう。だが、どんなことを考えていようとも見えるのは暗闇だけで、過去や未来に飛ぶことはおろか、現在の懸案を片付けることすらおぼつかない。身体が睡眠の圧力で動かず精神だけが活発に活動するとき、人間は普段の生活とはまた違う世界にいるのである。まぶたの裏の暗闇は、人間が生まれながらにして持ち、部分的にせよ身体を超えた世界なのである。