今、日本は未曽有の混乱の中にある。政治家が公の場で重要な行動変容を促すないし強制的にさせる発言をしておきながら、いつの間にか何もなかったかのように議論自体が立ち消えになるということが何度も繰り返されてきた。また、昨日まで正しいとされていた経済活動が今日否定されるという朝令暮改の方策が、説明なく繰り返されている。なにより政治家自らが定めた規則を自らが守っていないことが、どれだけ感染防止の行動をとろうとする人々を失望させたか察するに余りある。特措法の改正で政府が新たに罰則を求めた際、野党が行き過ぎた罰則に歯止めをかけようとしたことは理解できるし、罰則を設けるのは外出自粛などで売り上げの減った事業者への救済措置を取ってからだとする主張も理解できるが、おそらく多くの日本人には、正しい行動が何なのかよくわからなくなっている状況で、休業要請に従わず営業を続ける事業者に課す罰則の範囲や重さがいかほどの物であるべきかを考える余力はないだろう。
今の日本で、政府や地方自治体の求める厳しい感染防止の行動をすべて守ることのできる日本人は少ないに違いない。マスクをするべき空間は家の中まで拡張され、家族に感染させないための行動を我々は他人にするのと同じようにしなければならない。誰かとともに食事をするときは、マスク会食の呼びかけに従い、食事を口に運ぶごとにマスクを外し、入れたらすぐにマスクをつけるという数十回に及ぶ行為を、朝昼晩、毎日続けなければならない。それだけでなく、五つの小にのっとって、家族団らんの食事であっても会話は小声で行い、料理は小皿に分け、小まめに換気や消毒をしなければならない。これだけのことをできる人間がどれほどいるだろうか。
この不可能に近い要求は、それを守ることのできない多くの日本人を生み出した。自らが感染しないため、そして他者に感染させないために行政の感染防止の呼びかけに積極的に応じようとしてきた人間も、その呼びかけの一部を守ることはできても、そのすべてを守ることは難しい。感染防止を守ろうと必死な人間ほど、日々変わる行政の方針についていけなかったり、厳しすぎる感染防止対策を守ることができなかったりする自分に苦痛を覚えるのではないか。当然、もとより政府の呼びかけに従う気がない人間もいるが、そのような人々でさえ今回ばかりは感染することが周りからの非難の目を受けたり家族を危機に陥れかねない、ないし周囲の人々からの強い呼びかけもあって、多少なりとも罪悪感を感じる人が多いように感じる(全く感じない人間がいることは論を待たないが)。いずれにせよ、コロナ禍の感染防止対策について、それを守ろうとする人間も、破ることをいとわない人間も、自らを信じることができなくなっているのだろう。今の日本は、私にはどうにも居心地が悪い。