前回、現代の核兵器の責任体制の危険について論じた。我々は人類を愚かしい滅亡の危機にさらさないためにも、核兵器を廃絶しなけらばならない。核兵器廃絶の試みは世界中で行われており、最近も核兵器禁止条約が国連総会で採択された。この条約は、長い時間はかかるだろうが世界中の人々に核兵器に対する忌避をもたらしうる重要性をもつ。核兵器をなくすための多面的な取り組みは同時並行で行われるべきであり、核兵器削減の取り組みも精力的に行われなければならない。大国の核保有数削減はあまりうまく行っていないが、例えば、計算上核の冬を引き起こさない数のみの核保有に限定してみてはどうだろうか。核の冬は人類の滅亡を意味するため、これ以上の数の核を使用することは実際上ありえないし、ありえてはならない。核の冬を引き起こす核兵器の数は各国の核保有数の十分妥当な上限となりうる。
とはいえ、仮に核兵器がこの地球上から消えたとして、その状態は持続するのか。ずいぶん先の話になるだろうから不確実性が大きいが、私はかなり疑わしいと考える。かつて毒ガスも第一次大戦後にジュネーブ条約でその使用が禁じられたが、最近でもシリアの内戦で使われたし、国が存亡の危機に立たされた時に開発能力さえあれば首脳部が勝つために非道の方策をとることは十分にありうるからだ。核兵器が宗教団体の使用例もある毒ガスほど安易に作れるとは考えにくいが、国が国策として開発・製造に踏み切った時の開発の速さは昨今の新型コロナウイルスのワクチン開発を見ればわかることである。特に技術力のある国では北朝鮮やイランの比でない速さで核兵器を開発できる。ゆえに、核を開発・保持・使用する利点が存在する限り、核廃絶体制は根本的な不安定要因を抱えたままになるだろう。
ならば、核廃絶体制を維持するには如何にすればよいか。核廃絶体制の持続性を乱すのは、戦争が起こるかもしれない可能性である。故に、核廃絶体制を永続的なものにするには、戦争をなくすしかない。そして、永遠平和を成すためには、各国に戦争禁止の法を順守させる実行力を持った国際組織が必要だろう。人がその所属する国の法によって縛られ、順守する義務を負うように、国もその所属する国際組織の法によって縛られ、順守する義務を負わねばならない。それを順守させる実行機関としての武力は必要だろうが、それ以上に国際組織が国の上位概念であるという意識を全人類が持たねばならない。そのためには、地球上の人々は同じ規範に従う土壌を持っていなければならないだろう。私はこの規範が共和的かつ民主的であると信じているが、将来新たにこれに代わる概念が生まれる可能性は否定できない。同じ規範に従う土壌を得るためには、人々は人権や自由の思想、同じ地球人であるという意識を共通認識として獲得しなければならないだろう。故に、戦争をなくすこのプログラムのために今できる方策は、世界中にはびこる格差を是正し、十分な教育を受けられる環境を整えることである。