現代における男のオシャレは
見栄えのよさを強調するものであり
それは
「男くさくない男」たちが
増えていることを意味している…。
男が「女らしさ」を
好きな女性に求めるように
女性は
「男らしさ」を意中の男性に求めていく。
ただ、この場合
その男性が
「男らしい」から好きになったのか
あるいは
好きになった男性だから
「男らしい」存在でいて欲しいのか
それは定かではない。
ただ、ひとついえることは
男の女性化
女の男性化が促進している時代においては
「男くささ」が女性にとって
魅力的だという時代ではなくなっていること。
男は女を獲得するため
さまざまな求愛行動を起こしてきた。
それは人類が誕生してから現代に至るまで
長い歴史の中で繰り返されてきた。
たとえば、過去においては
自分がいかに強い男であり
他者より能力があることを
求愛行動としてアピールすることが
当然だという時代もあった。
「男くささ」が男の象徴だった。
もちろん
「男らしさ」「男くささ」というものは
基本は同じかもしれないが
定型的なものではなく
時代とともに変化していくものだろう。
だからこそ
時代に応じた「男」を象徴させる求愛行動で
男たちは「女」を獲得して来た。
現代における女性は
決して男に「男くささ」を求めてはいない。
「男くささ」が
女性に好かれる要因にはならない。
しかし
女が女である以上、男の中の
「男らしさ」を求めていくだろう。
だが
その内容においては
大きく変化している。
家事や育児を分担してくれる男性は
女性たちからしてみると
「とても優しい男」ということになる。
逆にいうと
家事や育児をしない男は
「優しくない」ということになる…。
つまり
現代の女性は、男性のなかに
少しだけ女性的な面を求めている。
したがって
今は間違いなく「優しい男」が
好かれる時代といえるだろう。
女を口説く最大の武器は
「優しさ」といっても過言ではない。
ただ、男たちの
どういう「優しさ」が
意中の女性に有効的なのかは
接触していく中で見抜くしかない。
とはいえ
ガラス玉に触れるような優しさは
必ずしも
女を惹きつける力にはならないだろう。
なぜなら
女性たちの中に
少しだけ存在する男性的な面が
そういう優しさを否定するから…。

























