歴史と法学の対話

歴史と法学の対話

歴史、法学、皇室論など。

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皇族数の減少により、今後の皇族・皇位継承者の確保の方策について様々な献策がなされている。

色々な考え方が提示されており、百花繚乱の様相を呈してきたが、一度整理を試みた上で、将来の皇統の永続の観点からどの策を採用すべきか検討していきたい。

 

1 女系天皇を容認するか否か

まず、最も大きな視点で対立があるのは、皇位の「男系」継承を断念するか否か、いわゆる「女系天皇」を容認するか否かだろう。

 

皇室典範第1条は、「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。」と規定している。

現行法では、皇位は「男系」であり、かつ「男子」でなければ継承できないルールとなっている。

 

「男系」や「女系」の意義については以下の別稿を参照。

皇位継承のルール

https://ameblo.jp/conservatism660/entry-12548942845.html

この点について、皇族・皇位継承者を増やす観点から、「男系」の限定を外し、「女系」の天皇を容認した上で、現天皇の直系長子が優先して継承するという考え方がある。この考え方によれば、今上天皇の皇女である敬宮(愛子内親王)殿下が次代の天皇として即位することになり、その後も殿下の直系長子が優先的に皇位を継承していくことになる(女系天皇を認める以上、必然的に女性天皇も認めることになる)。

 

しかし、歴史上皇位は一つの例外もなく「男系」で継承されてきていること、「男系」継承が維持されてきた理由(民間男子による皇位簒奪防止)を考えれば、この見解は採用することができない。詳細は以下の別稿に譲るほか、「直系優先」の考え方の問題については後述する。

歴史上皇位の女系継承があった?

https://ameblo.jp/conservatism660/entry-12549267599.html

 

2 男系継承を維持するとして、どうするか?

(1) 悠仁親王に皇子が生まれることをひたすら祈る

一つの可能性として、次世代で唯一の男系男子である悠仁親王殿下に将来皇子が生まれれば、今後も当面は男系継承を維持することは可能である。そのため、「何もしない」という策も論理的にはあり得ることになる。

 

しかし、皇子が生まれるとは限らないことは、今上陛下に現在(令和元年12月1日)までに皇子が生まれていないことからも明らかであり、大変に心許ない話である。また、現在の女性皇族が全員民間の男子と結婚すれば全員が皇室を離れることになるから(皇室典範第12条)、最終的に悠仁親王の一家だけで皇室が構成されることになりかねない点でも、不安感は拭えない。

〔皇室典範〕

第12条 皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる。

 

(2) 男系を維持しつつ女性天皇だけ容認する

男系継承を維持するという考え方の中にも、過去に女性天皇が10代・8方いたことを理由に、女性天皇に限って認めてよいのではないかという見解がある。女性天皇を認めるというのは、具体的には敬宮(愛子)内親王殿下に天皇として即位していただくことを想定している。

 

しかし、男系を維持するという目的からすると、これでは何の解決にもならず、(1)の悠仁親王に皇子が生まれるよう祈ることと何ら変わりない。

 

つまり、「女系」を容認しないのであれば、仮に敬宮(愛子)内親王殿下が即位したとして、その次は唯一の男系男子である悠仁親王殿下の皇統に継がせるほかはないのであり(敬宮(愛子)内親王殿下が民間の男子と婚姻し、その子が皇位を継げば「女系」天皇となってしまう)、男系継承を維持するという目的からすると、女性天皇を認めることは何も意味がないのである。

 

(3) 女性宮家を創設する

皇室典範第12条を改正し、現在いる女性皇族が結婚後も皇室に残り、その女性皇族を当主とする「女性宮家」を創設するという考え方もある。

 

しかし、これも(2)の女性天皇を認める考え方と同じ理由で、男系を維持するという目的からすると何の解決にもならない

 

何かしら意味があるとすれば、当面の皇族数の減少を防ぐことくらいであろうか。しかし、「女系」を認めないのであれば女性皇族と民間男子との間の子を皇族とすること(女系の皇族となる)を認めるわけにはいかないから、当該女性皇族の一代限定の宮家とならざるを得ない。要するに、期間限定で皇族数の減少を防ぐ単なる「先延ばし策」であり、何も根本的な解決とならないのである。

 

また、女性皇族と結婚する民間男子の処遇(皇族とするか否か)も問題になる。男系男子以外の民間男子が皇族になった例は一度もなく、「民間男子の皇室への婿入り」を認めることは、女系天皇・女系皇族を排除してきた皇位の男系継承ルールの肝の部分に抵触する点で、極めて重大な禍根を残しかねない。女性宮家の創設は、単に意味がないばかりでなく、極めて有害な方策といわなければならない。

参考 歴史上皇位の女系継承があった?

https://ameblo.jp/conservatism660/entry-12549267599.html

(4) 旧宮家の男系男子に皇室へ復帰していただく

以上のとおり、(1)から(3)までの方策は男系継承を今後も維持することに役立つ方策とは言えないばかりか、中には有害な方策もある。

そのため、男系継承を維持するための方策としては、皇室の外にいる男系男子、具体的には終戦直後に皇籍を離脱した「旧宮家」の男系男子に、皇室へ復帰していただく案を採用せざるを得なくなる。

 

問題はどのような形で復帰していただくかであるが、近時、自民党の有志から以下のような提言がなされている(以下「護る会提言」という)。

①旧宮家の男子が、現皇族の養子となられるか、女性皇族の婿養子となられる案。

②政府機関の非公式な調べによると10代5人、20代前半2人の皇位継承者たり得る男子、すなわち男系・父系で皇統につながる男子が旧宮家にいらっしゃるという現況に鑑み、国民的理解に基づく立法措置を経たのちに、そのなかから了承の意思を持たれる方々に皇籍に復帰いただく案

※なお、①と②は併用も可としている

日本の尊厳と国益を護る会「皇位継承の安定への提言」

https://www.sankei.com/politics/news/191023/plt1910230005-n1.html

この提言は、令和元年11月19日に安倍内閣総理大臣へ提出された。

旧宮家の復帰については、従来から民間では強く主張されていたのだが、今回、国会議員が具体的に取り上げたこと、それを内閣総理大臣に提出したことは、まずは大きな前進であり意義深いものがある。

 

本稿では、①を「養子・婿養子案」、②を「単純復帰案」と呼ぶこととして、その内容について検討したい。

 

ア 養子・婿養子案

旧宮家の男系男子が、

ⅰ年長皇族(例えば秋篠宮皇嗣殿下)の養子に入る、

または

ⅱ年長皇族(例えば秋篠宮皇嗣殿下)の養子に入った上で、その娘の女性皇族(例えば佳子内親王殿下)の婿となる

ことによって、皇族として復帰いただくというものである。

ⅰとⅱは女性皇族との婚姻を伴うか否かの違いはあるが、いずれも年長皇族との養子縁組を介して皇室へ入る案と整理できるだろう。

 

なお、旧宮家の男系男子が、養子縁組を介することなく、単に女性皇族に婿入りすることにより皇室へ戻る案も考えられるが、護る会提言がその案を採用していないのは、おそらく女性皇族との婚姻を媒介にすると、その子孫が「女系」とみなされかねないという懸念を考慮したためと思われる。

 

また、護る会提言は、旧宮家の男系男子が、年長皇族と養子縁組をした上で自ら当主として宮家を興すことを想定している。

 

護る会提言は、養子・婿養子案を採用する場合、皇室典範について、皇族の養子縁組を禁止した第9条、女子が皇后となる場合又は皇族男子と婚姻する場合を除き民間人は皇族になれないとする第15条の改正か、特例法の制定が必要であるとしている。

〔皇室典範〕

第9条 天皇及び皇族は、養子をすることができない。

第15条 皇族以外の者及びその子孫は、女子が皇后となる場合及び皇族男子と婚姻する場合を除いては、皇族となることがない。

 

イ 単純復帰案

これは至ってシンプルであり、旧宮家の男系男子に「皇族」として復帰いただくという案である。

 

旧宮家の男系男子は終戦後までれっきとした「皇族」であり、もし終戦後に臣籍降下が行われていなければ、現在の旧宮家の男系男子は(降下後に生まれた方を含め)「皇族」であったはずである。つまり、終戦後の臣籍降下をなかったことにする、いわば原状回復案と言えよう。当然、復帰後は然るべき方を当主として、宮家を興していただくことになろう。

 

護る会提言は、上記の皇室典範第15条の改正か、特例法の制定が必要であるとしている。

 

ウ 検討

以上の「養子・婿養子案」と「単純復帰案」について、歴史上の皇位継承の流れを踏まえれば、単純復帰案が妥当と考える。

 

単純復帰案が極めてシンプルで分かりやすく、手続も比較的簡素で済むにもかかわらず、なぜ養子・婿養子なる案が出てくるのだろうか。その背景として、養子を介することによって現在の今上陛下に至る皇統から「直系」で継承すべきであるという、女系容認論も採用する「直系優先」の思想が見て取れるのである。

 

しかしながら、歴史上、皇位は必ずしも直系で継承されてきたわけではない。例えば第26代継体天皇は第15代応神天皇の5世孫であり、第16代~第25代の皇統に連ならない傍系の天皇である。つまり、直系という選択肢しかなければ、第25代武烈天皇で皇統は断絶してしまっていた。また、継体天皇に限らず、大規模な傍系継承としては奈良時代の称徳天皇から光仁天皇、平安時代の陽成天皇から光孝天皇、南北朝合一による後亀山天皇から後小松天皇、江戸時代の後桃園天皇から光格天皇などがあり、他の比較的小規模なものを含め、歴史上皇位の傍系継承は何度も繰り返されてきた

 

このように、現在進行形の皇統には、神武天皇に一系で連なる傍系が何本も並走しており、万が一現皇統が断絶したとしても、その時々の情勢に従い、傍系にある適当な方が皇位を継承する。この「傍系によるバックアップ」があってこそ、今日まで皇統を断絶させずに男系継承を持続させることができたのである。

 

女系容認論からは、よく「男系継承は側室が認められていたから可能だった」との意見が出されるが、これも「直系」しか見ていない論である。「直系」でなければならないのなら、側室がなければ、否、側室があっても、たとえ女系を容認したとしても、常に断絶のリスクと隣り合わせである。子が生まれなければ断絶するし、疫病・災害・テロなどで現皇統の家系が全滅するようなことがあればもちろん断絶確定である。

 

しかし、このような極限状況でも、傍系継承を是とすれば、傍系さえ生き残っていれば皇位を継承することが可能になる。現在においても、旧宮家や、江戸時代に分かれた皇別摂家も合わせると、百名を超える男系男子がいるという。「傍系のバックアップ」は、皇位継承者を無数に生み出すシステムである。現在の皇統は奇跡的に生き残ってきたのではなく、生き残るべくして生き残ってきたのであり、「傍系のバックアップ」が機能している限り、断絶させる方が難しいとさえいえるのである

 

今日まで皇統を維持できたのは「傍系のバックアップ」に拠るものである。この意義を十分に再確認の上、傍系継承を正面から是とし、肯定することが重要である。その点で、あくまで「直系優先」の養子・婿養子案は採用すべきではない。旧宮家の復帰は、間違いなく歴史の先例として残り、数百年、千年後も参照されるだろう。ここで無理に直系継承に引きつけるような策を採用すれば、将来その直系が再び皇統断絶の危機に見舞われたときにも、同じように不毛な議論が生じることになろう。傍系継承を正面から肯定し、旧宮家の男系男子に御身一つで堂々と復帰いただくこと。これにより、「傍系のバックアップ」という皇統維持の要が再確認され、遠い将来においても、暗闇を照らし出す一筋の光となるような先例として記憶され続けることになるのである。

 

令和元年12月1日記

日本の歴史上、皇位は一切の例外なく男系で継承されてきており、いわゆる「女系」天皇は存在しなかった。

 

これは自明のように語られてきたが、近年、この見解に対し、いわゆる「女系」天皇を容認する立場から異論が出されている。すなわち、歴史上、皇位が女系で繋がってきた例がいくつかあり、したがって今日でも「女系」の天皇を容認して差し支えないというのである。

 

今回はこの見解の是非について検証したい。

 

なお、「男系」や「女系」の意義については以下の別稿で詳細に述べているため、ここでは繰り返さない。

皇位継承のルール

https://ameblo.jp/conservatism660/entry-12548942845.html

 

1 歴史上の「女系継承」と目される例

(1) 継体天皇

下の図のように、第15代応神天皇から第25代武烈天皇にかけての皇統があり、武烈天皇には姉妹の手白香皇女がいた。

武烈天皇は皇嗣を定めず崩御したため、応神天皇までいったん遡り、応神天皇の5世孫である第26代継体天皇が即位した。

継体天皇は手白香皇女と婚姻し、手白香皇女は皇后となった。

 

女系容認論は、下の図の青い太線のように、継体天皇はそれ以前の皇統と手白香皇女を経由して繋がり、継体天皇は婿入りをしたものであるとして、これを女系の正統性の根拠とする。

 

なお、これと同様のことは、第49代光仁天皇、第119代光格天皇についても言えるとしている。

(2) 元明天皇から元正天皇への継承

下の図の青い太線のように、第43代元明天皇から第44代元正天皇は、女性天皇→女性天皇という継承になっている。

女系容認論は、元正天皇が、母親でもある先代の元明天皇から皇位を継いでいるから、これは紛れもなく女系継承の先例であるという。

2 検証

上記の2つの例は、表面的に観察すれば「女系」という語義にも合い、一見するともっともな見解とも思える。

しかし、タブーとされている「女系」は、そもそも何がいけないのかという視点で考えてみると、上記の2つの例が「女系容認」の先例たり得ないことは容易に理解できる。その理由を紐解いてみよう。

 

(1) 女系天皇がタブーとされる理由

別稿で指摘したとおり、皇室典範に規定する「男系」とは、父方に天皇・皇族の血を引いている血統を意味する。

皇位継承のルール

https://ameblo.jp/conservatism660/entry-12548942845.html

逆にいうと、この「男系」にあてはまらない場合(女系)というのは、母方からしか天皇・皇族の血を引いていない血統ということになる。

 

母方からしか天皇・皇族の血を引いていないというのは、要するに父親が天皇・皇族の血を引いていない民間人の男性であるということである。

つまり、「男系」という限定を外し、「女系」も容認するというのは、民間人の男性を女性皇族の婿として迎え、その間に生まれた子(女系)に継承させるということである。「女系」の容認は、民間人の男性の婿入りを解禁することが不可欠の前提条件となる。

 

今般の皇位継承問題における問題意識というのは、この「男系」の限定を外して「女系」を容認するかどうか、言い換えれば、

 

天皇・皇族の血を引いていない民間人の男性が

皇室に婿入りすることを認めてよいかどうか

 

という問題なのである。

 

皇位が、歴史上一つの例外もなく一貫して「男系」で継承されてきたというのは、裏から言えば、天皇・皇族の血を引いていない民間人の男性が皇室に婿入りすることを一貫して拒絶してきた結果、皇族が全員男系で占められることになり、当然に皇位も全て男系で継承されてきたということである。女性皇族が民間人の男性と婚姻することになれば、女性皇族が皇籍を離れるのであって、民間人の男性が皇室に婿入りすることは一切許されてこなかった。皇室典範も女性皇族の降嫁ルールを定めており(皇室典範第12条)、これは現在でも変わっていない。

 

歴史上、摂関政治などにおいて、天皇・皇族に自分の娘を嫁がせ、その間に生まれた皇子が天皇に即位することにより、自身が天皇の外祖父・外戚となって権力を振るうということがよく行われてきた。

しかし、外戚になることで実権を握ることは認められても、それ以上に自身が皇室に婿入りをして皇族となることまでは認められなかった。民間人の男性が婚姻を介して皇室に干渉・侵入し、果ては自身の子を天皇とすることになれば、それこそ皇位の簒奪と評価されかねないからである。

 

このように、天皇・皇族の血を引いていない民間人の男性が皇室に婿入りをすることを禁止してきた結果、今日まで皇位は男系で継承されてきた。男系継承のルールとは、先人たちが皇位の簒奪を防止するために知恵を絞り、民間人の男性の婿入りを頑なに拒絶してきた結果として生まれた、いわば叡智の結晶なのである(なお、神武天皇のY染色体の継承などという現代科学に媚びるような苦し紛れな説明は不要であるし、有害とさえ思われる)。

 

(2) 女系容認論が持ち出す「先例」について

さて、以上のような検討を踏まえれば、女系容認論が「先例」として持ち出す例は、いずれも女系容認を正当化する先例たり得ないことは容易に理解できる。

 

1(1)の継体天皇の例では、継体天皇が「婿入り」を果たしたように見えるが、継体天皇自身が応神天皇の5世孫にして父方に天皇の血を引く男系男子であって、「民間人の男性の婿入り」には当たらない

 

この点、『日本書紀』における継体天皇即位の記事には、継体天皇は応神天皇の5世孫であり、彦主人王の御子であると記されており、婚姻を介した先代の武烈天皇までの皇統との関係は触れられていない。さらに、手白香皇女を迎えて皇后としたのは、そもそも即位後1か月を経過した後の話である。つまり、継体天皇は応神天皇5世孫の男系男子という立場に基づいて天皇に即位したのであり、手白香皇女の婿という立場で天皇になったわけではない(婿の立場が根拠だとすれば、即位後立后までの1か月間における地位の正統性が欠けることになる)。女系容認論が主張する「手白香皇女へ婿入りして天皇になった」「手白香皇女を経由して皇統に繋がる」などという見解は明白な誤りである。

 

このようにして、下の図の青い太線のように、継体天皇の即位によって、応神天皇→継体天皇の直系に皇統が切り替わったのであって、手白香皇女を経由して皇統に繋がるわけではない。

 

また、2(2)の元正天皇は、草壁皇子を父に持ち、祖父は天武天皇であるから、男系女子である。

父方に天皇・皇族の血を引いており、民間人の男性の婿入りという事象は起きていない

今般の皇位継承問題は、「男系」の縛りを外して、民間人の男性の婿入りを認めてよいかどうかが問題の本質であるから、民間男性の婿入りという事象が起きていない元正天皇の例は、女系容認の先例たり得ない。女系容認論者がこの元正天皇への継承を「先例」として持ち出すことは、単に「女系」という言葉に踊らされているだけで、この問題の本質を全く理解していないことを図らずも露呈しているといえる。

 

なお、『続日本紀』の元正天皇即位の記事では、元正天皇は天武天皇の孫に当たり、草壁皇子の皇女であることは記されているが、先代の元明天皇の皇女であることには触れられていない(直近の天皇であり母であるにもかかわらず!)。つまり、元正天皇は天武天皇の孫、草壁皇子の皇女という立場で即位したのであって、元明天皇の皇女という立場で即位したのではない

 

下の図の青い太線のように、天智天皇→元明天皇という皇統から、天武天皇→草壁皇子→元正天皇という皇統に切り替わったのである。

 

以上のとおり、女系容認論が持ち出す過去の「女系継承」は、いずれも「男系」による継承であることが明らかとなった。

 

皇位は必ずしも従前の皇統から直系で継承されるとは限らず、近親に継承者がいない場合には、上記の継体天皇のように大掛かりな傍系継承が実行される。その場合には、先代までの皇統は正統(神武天皇以来の直系)を外れてしまい、それまで傍流だった系統が新たな皇統(正統)に切り替わるのである。

 

3 天照大御神は女神だから皇統は女系なのか?

最後に、女系容認論が最大の拠り所にしているといってもよい、「皇祖神である天照大御神は女神だから、皇統はもともと女系である」という主張についても軽く触れておこう。

 

皇位の男系継承ルールは、天皇・皇族の血を引かない民間人の男性が皇室に婿入りすることを禁止してきた結果として確立したものであり、今般の皇位継承問題も、その本質は民間人の男性の婿入りを認めるかどうかにあるという点は、繰り返し述べたとおりである。

 

天照大御神以降の系譜を見ると、天忍穂耳命、邇邇芸命と続き、さらに三代下って神武天皇へと繋がる。単純に系譜だけ見れば、最初の天照大御神→天忍穂耳命が女系継承のように見えなくもない。

 

しかし、そもそもの問題の本質である「民間人の男性の婿入りを認めてよいか」という観点で考えると、天照大御神は他系の男子を婿として受け入れ天忍穂耳命を生んだわけではないから、今般の皇位継承問題を語る上でこの話は全く関連性がないことが分かる(天忍穂耳命は、天照大御神と素戔嗚尊との誓約(うけい)の結果生まれた神であり、そもそも夫婦間に生まれた子ですらない)。やはり、天照大御神を持ち出すこと自体が、問題の本質を全く理解していないことを示していると言わざるを得ない。「女系」という単語だけを見て、何も考えずに飛びついてしまったのだろう。

 

女系容認論の主張は、皇室典範が男系継承を採用している理由や皇位継承問題の本質を全く理解していないばかりか、『日本書紀』や『続日本紀』の記述をも無視するものであって、全く根拠のない謬説といわなければならない。

 

令和元年11月27日記

 

平成31年(2019年)4月30日をもって天皇陛下(現上皇陛下)が譲位され、令和元年(2019年)5月1日をもって天皇陛下が即位された。

 

今般の皇位継承は、あらゆる点で異例づくめであったが、この問題点の検証は別の機会とし、今回は現行法上の皇位継承のルールについて確認した上で、それがどのような背景のもとで設定されたものであるのかを検討する。

 

1 現行法の内容

現行法上、皇位継承は次の規範に拠って行われるものとされている。

 

〔日本国憲法〕

第2条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。

〔皇室典範〕

第1条 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。

第2条 皇位は、左の順序により、皇族に、これを伝える。

     一 皇長子

     二 皇長孫

     三 その他の皇長子の子孫

     四 皇次子及びその子孫

     五 その他の皇子孫

     六 皇兄弟及びその子孫

     七 皇伯叔父及びその子孫

2 前項各号の皇族がないときは、皇位は、それ以上で、最近親の系統の皇族に、これを伝える。

3 前二項の場合においては、長系を先にし、同等内では、長を先にする。

第4条 天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。

 

日本国憲法では、皇位は「世襲」により継承するものとされ、この「世襲」の具体的内容を皇室典範が定めるという構造になっている。

 

2 「皇統に属する男系の男子」の意味

(1) 女性天皇の否定

分かりやすいところから確認すると、まず、皇位は「男子」が継承するものとしている。

女性皇族には皇位継承の資格はなく、歴史上存在した「女性天皇」は現行法の下で現れる余地はない

 

女性天皇は、明治時代の旧皇室典範においても同様に否定されていた。旧皇室典範では以下のように定められていた。

 

〔旧皇室典範〕

第1条 大日本國皇位ハ祖宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子之ヲ繼承ス

 

旧皇室典範の起草者は、過去に推古天皇などの女性天皇が存在していたことは認めつつも、過去の女性天皇は、幼い皇子が成長するまでの中継ぎとして即位した臨時のものであり、皇女の即位は先例として一般化することができないものと考えていた(伊藤博文『皇室典範義解』)。

 

戦後に現行の皇室典範が制定される際にも女性天皇を認めるか否か議論がされているが、結果として旧皇室典範を踏襲して女性天皇は否定されたものである。

 

このように、女性天皇は歴史上存在したものの、あくまで臨時の中継ぎとして即位した例外的な存在であり、近代以降も、一般的なルールとして女性皇族に皇位継承権を認めることにはならなかった

 

(2) 皇位の男系継承

次に、皇位は「男系」に継承するものとしている点について、その意義を確認する。

 

ここでいう「男系」というのは、父方に天皇・皇族の血を引く血統を意味する。父方が天皇・皇族であることが確保されていればよく、同時に母方から天皇・皇族の血を引いていても構わない。

しかし、母方から天皇・皇族の血を引くだけで、父方に天皇・皇族の血を引いていない場合は、「男系」の要件を満たさない

 

天皇陛下は、父親が上皇陛下であるから男系である(男系男子)。

また、愛子内親王は、父親が天皇陛下であるから、やはり男系である(男系女子)。

眞子内親王・佳子内親王・悠仁親王も、父親が秋篠宮殿下(皇族)であり、秋篠宮殿下の父親が上皇陛下であるから、やはり男系である(男系女子・男系女子・男系男子)。

 

これに対し、愛子内親王が男性Aと婚姻し、その間に生まれた子供Bは、男性Aの属性により変わってくる。

男性Aが父方に天皇・皇族の血を引く者であれば、子供Bは父方に天皇・皇族の血を引いているから、男系である。

しかし、男性Aが父方に天皇・皇族の血を引いていない場合は、子供Bは母親である愛子内親王を通じてしか天皇・皇族の血を引いていないことになる。これがいわゆる「女系」と呼ばれるものである(「女系」という言葉遣いが適切かはひとまず置く)。

 

皇位は、「男系」の要件を満たす者にのみ継承され、男系でない者(女系)は皇位継承資格を有しない。

女性天皇と異なり、いわゆる「女系」天皇は日本の歴史上も全く前例がなく、皇室典範においても「女系」天皇の皇位継承資格は当然のことながら否定されている

 

歴史上継続された皇位の男系継承ルールを、明治の旧皇室典範、そして現行の皇室典範は踏襲しているのである。旧皇室典範の起草者は、皇統が男系に限り女系の所出に及ばないのは、皇家の成法であって、上代以来の不改の常典として簡単に変えるべきではない家法となっていたという認識を示している(伊藤博文前掲)。

 

さらにいえば、皇室典範には皇女の降嫁ルールが定められているため、天皇に限らず、およそ皇族も例外なく「男系」であり、「女系」の皇族は存在しえないという点も確認する必要がある。

 

〔皇室典範〕

第12条 皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる。

 

どういうことかというと、前述した愛子内親王と男性Aとの婚姻について考えると、男性Aが「天皇及び皇族以外の者」である場合は、愛子内親王は皇族の身分を離れることになる。逆に、男性Aが「天皇又は皇族」である場合は、愛子内親王は皇族の身分を離れることにはならない。

 

男性Aが「天皇又は皇族」であれば、その子供Bは父方に天皇・皇族の血を引くことになり、男系である。しかし、男性Aが「天皇及び皇族以外の者」である場合は、父方に天皇・皇族の血を引いていないため、子供Bは女系である。

皇室典範第12条は、前者(子供Bが男系)の場合は皇室に留まり、後者(子供Bが女系)の場合は皇室を離れるものと定めていることになる。その結果、皇室に留まる、つまり皇族は全員が例外なく「男系」で占められることになる。

 

皇室典範第12条の皇女の降嫁ルールは、皇族が全員例外なく男系で占められる結果をもたらし、皇位の男系継承を自明の結果とする意義を有しているのである(皇族が例外なく男系であれば、即位する天皇も例外なく男系である)。

 

つまり、皇室典範は、天皇が男系であることだけでなく、皇族も男系であることを要請しており、皇位の男系継承を守るために二重の縛りをかけているということができる。

 

(3) 「皇統に属する」の意義

最後に、皇室典範第1条の「皇統に属する」の意義であるが、この読み方については近年争いがある。

 

いわゆる「女系」天皇を容認する立場から、皇室典範第1条の「皇統に属する男系の男子」の読み方として、皇統が男系男子と同義であれば、法律で用いられることのない同義反復となってしまい、「皇統」には男系・女系双方を含むものとしなければ法律の文章として成立しないとの問題提起がなされている。

すなわち、「皇統」には男系・女系を含み、そのうちの「男系」が継承するものと読む。そして、「皇統」という単語が女系も含むものとして書かれているのだから、「女系」天皇も正統であるという結論を導くのである。

 

しかしながら、この読み方は全く妥当でないと考える。その理由は、旧皇室典範及び現行の皇室典範の制定過程から明らかである。

 

旧皇室典範第1条は、「祖宗ノ皇統ニシテ男系ノ男子」という表現になっている。実は、この読み方については旧皇室典範の制定を審議した枢密院でも問題になったところ、当時の実務起草者である井上毅は次のとおり答えている(枢密院会議筆記明治21年5月25日)。

 

「皇室典範ハ尋常ノ法律ト異ニシテ既往ニ亘リ且未来ヲ規定スルモノニシテ第一ニ祖宗ノ皇統ヲ承ケ第二男系ニ出テ第三男子ノ三則ヲ以テ継承ノ大義トス前謂ニシテノ接続詞ハ男系ノ男子ヲ指スモノナリ之ヲ再言スレバ祖宗ノ正統ヲ承ル男系ノ男子ト云フノ義ナリ

 

つまり、「祖宗ノ皇統」は「男系ノ男子」を指すものであり、同義反復であることが起草者によって明らかにされている

 

確かに法律の規定で同義反復は通常用いられない。しかし、井上は、皇室典範は「尋常ノ法律ト異」にするもので、皇位は「祖宗ノ皇統ヲ承ケ」たもの、つまり過去から連綿として受け継がれてきたものであることが、男系男子と並んで「継承ノ大義」であることを明らかにする必要から、あえてこのような同義反復の表現を用いたとしているのである。

 

そして、このような旧皇室典範の根本的な発想は、現行の皇室典範でも変更されていない

すなわち、当時の国務大臣の金森徳次郎は、現行の皇室典範の起草に当たり次のように述べている(第91回帝国議会衆議院皇室典範案委員会第2回議事録)。

 

「第一章の皇位継承という規定の中には、どういう所に着想して規定されたのかと申しますと、だいたいの考え方は現在の制度(注:旧皇室典範)と同様であるわけであります。と申しますのは、萬世一系の方が皇位を御継承になるという基本の原理、おそらく人間が時々の思いつきで定めるというものではなくて、おのずからなる一定の筋道を辿っておるものでありまするが故に、今回の改正であるからとて、特別に変った規定が生まれてくる理屈はございません

 

このように、井上が述べる「皇統」と「男系男子」の同義反復は、現行の皇室典範においても変わることなく踏襲されている。「皇統」=男系と位置付けていた旧皇室典範と異なり、現行の皇室典範で「皇統」に女系も含むという新解釈が盛り込まれた形跡も全く存在しない。

 

したがって、「皇統に属する男系の男子」は同義反復であり、「皇統」は男系のみを含むものとして用いられていると解するのが正しい

 

令和元年11月26日記