友人のマロさんと兵庫県朝来市にある竹田城跡へ行った。 朝7時に三国ヶ丘駅で待ち合わせしマロさんのレクサスで、片道約3時間のドライブだった。
竹田城跡は山のいただきにあり霧で周りが真っ白になって古城の累々たる石垣だけが雲海に浮かび幻想的な雰囲気を出す。 そのため天空の城と呼ばれている。
竹田城は永享3年(1431年)に但馬守護山名宗全(持豊)によって築城、播磨・丹波・但馬の交通上の要地であることからいくつもの戦火にまみれ関ヶ原の戦いでは西軍に属しその後江戸幕府の方針で廃城となった。
ゆるやかな坂を上る。

さらに上ると石垣群が見えてきた。

石垣群は南北約400m、東西約100mで「日本100名城』に選定されている。

天守台が中央にあって本丸・二の丸・三の丸・南二の丸と続き北千畳と南千畳という広場が両翼に広がり、虎が臥せているように見えることから虎臥城とも呼ばれている。 スケールがでかい!

石垣は無造作に積まれているわけではない。 安土城や姫路城と同じ「穴太積み(あのうづみ)」と呼ばれる組み方で築かれている。 穴太積みは大津市坂本町穴太に住む穴太衆(あのうしゅう)という人々が代々受け継いできた石積み技法だ。

入場料は高校生以上が300円。 電車の竹田駅からも歩いて行ける。 ボランティアのガイドが親切に教えてくれる。

夕方、マロさん宅でビールをご馳走になる。 こちらは本家マロちゃん。

雲海が見られるのは秋。 暖かい日の翌朝、気温の下がったときに発生する川霧が城の麓に上ってくる現象だ。 年に20回くらい見られるとのこと。
竹田城跡は山のいただきにあり霧で周りが真っ白になって古城の累々たる石垣だけが雲海に浮かび幻想的な雰囲気を出す。 そのため天空の城と呼ばれている。
竹田城は永享3年(1431年)に但馬守護山名宗全(持豊)によって築城、播磨・丹波・但馬の交通上の要地であることからいくつもの戦火にまみれ関ヶ原の戦いでは西軍に属しその後江戸幕府の方針で廃城となった。
ゆるやかな坂を上る。

さらに上ると石垣群が見えてきた。

石垣群は南北約400m、東西約100mで「日本100名城』に選定されている。

天守台が中央にあって本丸・二の丸・三の丸・南二の丸と続き北千畳と南千畳という広場が両翼に広がり、虎が臥せているように見えることから虎臥城とも呼ばれている。 スケールがでかい!

石垣は無造作に積まれているわけではない。 安土城や姫路城と同じ「穴太積み(あのうづみ)」と呼ばれる組み方で築かれている。 穴太積みは大津市坂本町穴太に住む穴太衆(あのうしゅう)という人々が代々受け継いできた石積み技法だ。

入場料は高校生以上が300円。 電車の竹田駅からも歩いて行ける。 ボランティアのガイドが親切に教えてくれる。

夕方、マロさん宅でビールをご馳走になる。 こちらは本家マロちゃん。

雲海が見られるのは秋。 暖かい日の翌朝、気温の下がったときに発生する川霧が城の麓に上ってくる現象だ。 年に20回くらい見られるとのこと。