土砂降り、雷ビカビカドッカーンで目覚める。 とてもじゃないが朝ランは無理。
朝飯食べてたら少しはマシな気配に。 今日は再来週(21日)予定されている「友が島アメダス&明治の砲台探索ツアー」の下見に行く日だ! 気象予報士会大阪部会はいろんなワーキンググループがありオイラは施設見学を担当している。 今月は施設見学グループが中心になって例会を行うことになり、友が島アメダスをターゲットにしたというわけだ。
アメダスだけの見学では面白くないので、灯台や砲台跡も合わせて探索しようというココロミだ。
何人参加するかわからないが、おそらく10人は越えると思うのでもう一人の幹事と和歌山在住のメンバー1人を加え計3人で当日に備え下見に行くことにした。
南海電車の和歌山市駅から加太線に乗って終点の加太駅で下車。 歩いて加太港へ。
船は112人乗り、19トン。 友が島汽船㈱が運営している。

加太港を11時に出港、中ノ瀬戸を通る。

友が島は沖ノ島、地ノ島、虎島、神島の4島の総称。 船は沖ノ島北側の野奈浦桟橋に着く。 加太港から20分てところ。
さっそくアメダスのある灯台目指して出発。 途中野生のクジャクに会う。

第二次世界大戦まで使用された砲台は計6カ所ありこれは第2砲台跡。

明治5年、日本で8番目にできた洋風建築の灯台。 もちろん現在も稼働中だ。 灯質は単閃互光白赤 10sec 灯高60m 光達距離は20マイル。

灯台と同じ敷地内にアメダスはあった。 風向風速、日射、雨量、気温を計測している。


灯台から海側に日本標準子午線(東経135度)が通る広場がある。

東経135度をまたいで写真を撮る。

第3砲台跡。 ここは圧巻だ。 見る価値あり。


これは将校宿舎跡。

当時使われていた大砲の弾

アメダスは付け足しのようなもの。 明治時代から太平洋戦争まで軍事要塞として使われていた友が島は自然が一杯でおっちゃん達をトムソーヤーにさせてしまう。
本番時の宴会場所も物色し本日の大役(下見)は無事終了した。

朝飯食べてたら少しはマシな気配に。 今日は再来週(21日)予定されている「友が島アメダス&明治の砲台探索ツアー」の下見に行く日だ! 気象予報士会大阪部会はいろんなワーキンググループがありオイラは施設見学を担当している。 今月は施設見学グループが中心になって例会を行うことになり、友が島アメダスをターゲットにしたというわけだ。
アメダスだけの見学では面白くないので、灯台や砲台跡も合わせて探索しようというココロミだ。
何人参加するかわからないが、おそらく10人は越えると思うのでもう一人の幹事と和歌山在住のメンバー1人を加え計3人で当日に備え下見に行くことにした。
南海電車の和歌山市駅から加太線に乗って終点の加太駅で下車。 歩いて加太港へ。
船は112人乗り、19トン。 友が島汽船㈱が運営している。

加太港を11時に出港、中ノ瀬戸を通る。

友が島は沖ノ島、地ノ島、虎島、神島の4島の総称。 船は沖ノ島北側の野奈浦桟橋に着く。 加太港から20分てところ。
さっそくアメダスのある灯台目指して出発。 途中野生のクジャクに会う。

第二次世界大戦まで使用された砲台は計6カ所ありこれは第2砲台跡。

明治5年、日本で8番目にできた洋風建築の灯台。 もちろん現在も稼働中だ。 灯質は単閃互光白赤 10sec 灯高60m 光達距離は20マイル。

灯台と同じ敷地内にアメダスはあった。 風向風速、日射、雨量、気温を計測している。


灯台から海側に日本標準子午線(東経135度)が通る広場がある。

東経135度をまたいで写真を撮る。

第3砲台跡。 ここは圧巻だ。 見る価値あり。


これは将校宿舎跡。

当時使われていた大砲の弾

アメダスは付け足しのようなもの。 明治時代から太平洋戦争まで軍事要塞として使われていた友が島は自然が一杯でおっちゃん達をトムソーヤーにさせてしまう。
本番時の宴会場所も物色し本日の大役(下見)は無事終了した。
