私は盛和塾という稲盛和夫京セラ名誉会長が塾長をしている塾の<大阪>に所属している塾生です。<大阪>では毎月「稲盛実学利他実践の会」という経営者による勉強会を開催していますが、ここで謳われている「利他」の意味について、このブログで少し対話できればと思っています。「利他」とは何でしょうか?
まず私の意見を言います。
稲盛塾長は「忘己利他」という言葉を使っておられます。つまり、自分よりも人を先にする。愛という意味ではないかと思います。これを仏教の説話をもとに、地獄では、長いはしでうどんを取って自分の口に運ぼうとするから食べられない。しかし極楽では、はしでうどんを取って相手の口に入れている。お互いに相手の口に入れ合っているから双方とも腹一杯に食べられる。そういう利他の行為が世の中を明るくし、豊かにし、幸福にするというのです。この世は、実はそういう利他の行為によって成り立っているような気がしますが……。いかがでしょうか?
「利他」について対話をしませんか……!
事態は予断を許しません。3号機がプルトニウムとウランの混合燃料を使用していることについて、NHKと大マスコミは口をぬぐい、政府の大本営発表路線をなぞっています。日本人はスマトラ沖地震から教訓を得ず、東日本地震による原発事故を招いてしまいました。福島原発から放出される放射能は広島原爆投下後と比べて100倍以上とする専門家の指摘もあります。原発とはなにか? 日本の存続と発展のためになくてはならないものなのか? 原発は本来安全たりうるエネルギー源なのか? 地震列島、火山列島に原発が50数基あるという現実をどう受けとめればいいのか。教えて下さい。意見を聞かせてください。conscience(~共に知る)の第一歩として、日本にとっての「原子力発電」の意味と、考えるべきことについて教えてください。
(山本恭司)
「良心」の意味をご説明します。
日本語では良い心、善い心。英語ではconsciense と書きます。英語の意味は「~と共に知る」です。誰と共に知るのでしょうか? 「~」の中身は、世間→神→自分自身へと進化します。「世間と共に知る」を「他律的良心」と呼ぶとすると、「自己と共に知る」は「自律的良心」です。私もこのブログを見ているあなたも、この「自律的良心」を働かせる力を持っているのです。このブログに参加していただくあなたも私も、まず、自分自身が本来、「自律的良心」の所有者であることを確信するところからスタートを切りましょう!
人間は一人で生きることは出来ません。例えば、歌を考えてみてください。人の心や自然への心の投影など、自分以外の誰か・何かと心がつながる時に歌の歌詞が生まれます。クラシックのような楽器演奏も一緒です。自分がロビンソン・クルーソーのように孤島に一人ぼっちになったときを想像してみてください。孤島で「運命」や「新世界」のメロディーを思い出すとき、その曲を作った時のベートーベンやドボルザークという人の心を想像する筈です。その時初めて、孤島にいる自分にとって、その音楽は意味を持つのです。そのように、人は「他者」を離れて人たりえないのです。
このブログでは、あなたと私と彼と彼女と………共に知るのconscienceの輪を共に拡げていきたいのです。そして共に知る幸福のネットワークを創りたいのです。
そのためには先ず「対話」です。
身近な社会問題から地球環境の問題、芸術、哲学、宗教といった内面的な探求まであらゆる分野にわたる対話をして、共に知る次元を上げていければと思います。そして21世紀を人類の幸福の世紀、希望の21世紀をあなたと共に共創してゆければと思っています。
私は人間の無限の能力と至高の善性を信じます!
以上、最初からかなり堅い書き方で申し訳ありませんが、あなたと共にスタートです。