加藤寛元慶応大学教授が亡くなったのは東日本大震災の年の1月31日でした。土光敏夫第二臨時行政調査会長や時の総理中曽根康弘氏らの下で国鉄民営化や電電公社の民営化の取りまとめを行った、日本政治機構体制側の中核で活躍してきた人です。
その人が、彼の遺書ともいうべき本『日本再生 最終勧告 原発ゼロで未来を拓く』がビジネス社から出版されました。
その中で、加藤氏は、「本書は私の遺言である。少なくとも『原発即時ゼロ』の端緒を見届けない限り、私は死んでも死にきれない」と書いています。
原発の安全神話は崩壊し、低コストという神話も崩壊しつつあります。
それでも続く利益共同体の鉄のトライアングル。
この壁を突破して新しい未来を共創するのは自身の良心に忠実に行動する青年の情熱と力です。
私は肉体は青年でないにしても、心は魂は青年の意気で、きたるべき将来の世代のために、公共的未来の創出のために、「核」無き未来の実現へ一歩一歩、よろめきながらも前進します。
山ちゃんより