世界を救いたいという若者へ「善をひけらかすな、ロビー活動をするな、是が非でも、リスクを冒し、起業せよ」
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「少数決原理、くり込み群」
→世の中、多数決に見えて多数決じゃないことがけっこうある。
家庭の食卓で。
無農薬野菜“しか絶対食べない”人が、家族の中に1人。
無農薬もそうでないのも“両方食べられる”人が家族の中に3人。
値段がそう変わらなければ、【無農薬で統一される】。
4家族合同のBBQで。
一家族が↑で、他が全員両方OKなら、BBQは【無農薬で統一される】
村のスーパーで。
BBQが↑なら、村の野菜は【無農薬で統一される】
ぱっと見スーパーの棚だけ見ると、
「この街の多数派は、無農薬野菜派。多数決の結果こうなったんだな」と感じる。
しかし内情は
「非妥協的な少数者のために全体が決まっている」=少数決原理。
※ある種の非妥協的な少数集団が3〜4%に達しただけで、全ての人がその少数派に従う。村の野菜が無農薬で統一されているのは、パッと見多数決の結果だが、実はそうじゃない。同種のことは無数にある。複雑系とか非対称性という言葉で語られていたけれど、その言葉の意味はよくわからなかった。
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「破滅のリスク」(再掲)
「破滅を含むリスク」と、「そうでないリスクか」は、延長線上にある「程度問題」でなく、本質的に違うものであることに注意。100分の1でも“死”の出目があるなら、その勝負は絶対にバランスが取れない(? 要検証)。
「スケールの問題」
物事のスケールは一定以上になると根本的に変わる。小さな事象への対処が大きな事象への対処にそのまま使えるほど、現実世界は甘くない。
「身銭を切る=リスクに身をさらす≒やってみる、行動する」
学者が私と似たようなことを言っていることもあるけれど、私(タレブ)は、トレーダーとして市場と向き合うことで、同じことずっとシンプルに直感、体感していた。=勝間さん「情動を伴わない学びはない」
「アンサンブル確率、時間確率」
●まず言葉ありき。
このカジノ、ギャンブラーの破産率は『1%』です!
・アンサンブル確率
→100人がカジノに行くと1人破産する。『1%』
・時間確率
→一人が100回カジノに行くと、うち1回は絶対に破産する。『1%』
前者は100回やっても破滅しない可能性がある。確率的に持続の可能性あり。
(100回やって生き残れる可能性は36%)
注)破産者が退場した後には1人プレイヤーが追加される
後者は100回やると100%破滅する。確率的に持続の可能性なし。
(100回やって生き残れる可能性は0%)
100回やった時の破滅率は【36% 対 100%】。
これを「破産率1%」と言ってなんとなくアピール/理解していることが何と多いか。
まずは「確率」の概念をこの二つに分割することからスタート。
※二つの確率の違いはわかった。「破産」という言葉を使っているのがいけないのかもしれないけれど、「破産(死、ゲームオーバー)」のリスクがあるという点では一緒。そうしたら、どっちみち取ってはいけないリスクになるのでは?
→「破産する」を『泣きたくなるほど損する』に読み替えて、“死のリスクは取らないにせよ、いい加減ザックリ確率1%とかいうのやめて、ここの確率の違いに敏感になりましょうよ”という話ならば、わかる。
※これってもしかして、みんな「リアルなガチャガチャ(天井付きガチャ)」と、「ソシャゲのガチャ(天井なしガチャ)」の違いをなんとなく捉えすぎですよ! って話なのかな。いや、もうちょっと抽象的な概念な気もする…。
「エルゴード性」
→上記の【36対100】は、エルゴード性が低い。
逆に、それが近づけば近づくほど、エルゴード性が高い。
この、エルゴード性が高いものの例が出ていないような気がして、いまいちイメージしづらい。。
「射的場のボード」
→左は的の中心円に一発もあたっていない。「的の中心円に多く当てた方が勝ち」なら右の勝ち。ただし、「的に当てた数で勝負、的から一個でもはみ出たらアウト」のルールなら、同点であるにせよ、左の方が優秀。「脆い状況」というのは、「一個でもはみ出たらアウト、のこと?
例えば飛行機会社の経営と墜落の関係。多少時刻がズレたりしても、墜落がない方が優秀。むしろ秒単位で飛行機の運行ダイヤが作られる必要なんてない。