Take Me Home Country Road
この夏 懐かしい故郷に帰られた方も多いと思います。
いつの時も心に浮かぶのは、故郷へと続く一筋の道。
たとえ、今は行くことが叶わなくとも、心にいつもある、温かい風景。
私は横浜生まれの横浜育ち。大好きな故郷。
そして、第二の故郷と思える場所もあります。
訪れると懐かしい気持ちになり、思い出をたどります。
たくさんの、かけがえのない故郷が、素晴らしい風景が日本にはあります。
いつの日か、訪れてみたい・・・
高校3年の夏 その3
サンディエゴの日常は、ごく普通の学生の夏休みのようだったと思います。
素敵なショッピングセンターへ何回か買い物に連れて行ってもらったとき、
すっかりその道順を覚えた私は、自転車に乗り、一人で買い物に行ったり、
また近くの図書館に行ったりしました。
なんだか、ずっと前から住んでいるような気分で風をきって走る感覚は
夏のせいもあって、すがすがしいものでした!
ラフォイア(ラホヤ?)という、確か、スペイン風の観光地に行ったときには、
とても気にいったので、あとで、その場所まで車で連れて行ってもらい、
約束の時間にピックアップしてもらいたいと言って、
ステイ先のママを驚かせました。
一人で買い物をしてみたかったのです。ママは最初は心配そうでしたが・・・
良く覚えているのは、素敵なケーキショップです。そこでは、買ったケーキを
その場で食べられるので、ひとりゆっくりお茶をしました。
ケーキや飲み物を選んで、お茶をし、チップを考えて置いてくる・・・
そんな経験をしてみたかったのでしょう。
このラフォイアという場所の写真がないので、どなたか詳しく知っている方が
いらしたら、教えて頂きたいと思います。とても懐かしいので。
ケーキといえば、他の家族の家に行ったとき、結婚式に連れて行って
もらったことがあります。
教会で行われた式で、そのあと、手作りのウェディングケーキを
いただきました。
そのケーキの味が、小さい頃、父の知り合いのアメリカの方から頂いた
ケーキの味、そのままでした。外側の部分が。
あれは、アメリカ独特のものなのでしょうか。。。
日本でも、ユニオンとかでは売っているのかしら。
結婚式はアットホームな感じで、教会のあとは自宅で
ガーデンパーティがあったようです。
私達は、その後、出かける用事あったので、
残念ですが、参加できませんでした。
あと、とても印象的だったのが、メキシコのティワナというところへ
行ったことです。
国境は、まるで、高速道路の料金所のちょっと大きい感じのような場所でした。
そこを車のまま通ると、もう別の国だなんて、
周りが海に囲まれている日本からきた私には、不思議な感覚でした。
国境を越えると、街の雰囲気もがらりと変わり、雑然とした感じでしたが、
また違った国に触れる事が出来て、わくわくしていました。
ラテンの香りでしょうか・・・
本場のタコスが美味しかったです!
楽しかった日々はあっという間に過ぎ、持っていった受験勉強道具は
そのままに、(無謀にも、その頃はまだ数学をとっていたので、問題集を持っていってました。たまに開いて、三角関数や微分積分など眺めても、なんだか
折角のアメリカでの時間がもったいない気がしていました。気持ちがアメリカ
バージョンになってました。でも帰ってから、見事に
でした!)
日本へと帰る日が来てしまいました。
空港で家族と別れるときは、お互い泣いてしまいました。
楽しい日々をありがとう!
最後、サンフランシスコで他の地域に行っていた人達とも合流して
サンフランシスコ観光に連れて行ってもらいました。
ケーブルカーに乗って、風と共に感じたサンフランシスコの街も、
サンディエゴとは違った素晴らしさでした!
高校3年の夏 その2
この写真は、ホームステイ先の家の車庫の前です。
たいがい、このように車庫のところにバスケットゴールがあって、
バスケットも好きな私は、子ども達とよくしていました。
右側の子が、ホームステイ先の三女のコニー(12歳)です。左は友達。
カメラを持っているのが、ホームステイ先のママです。
とても優しかった! 自転車に乗っているのは近所の子。
ホームステイ先の長女のシェロが、同じ時期に、ちょうど私の家に来て、
まさに交換学生でした!
たいていはホームステイ先と、受け入れる方は、違う場合が多いのですが・・・
我が家では、2人の姉がミッション系の中、高だったので、
言葉の方は大丈夫のようでした。
父も、片言の英語ですが少し話せました。母はシェロからの手紙によると、
いつもsmileだったようです。
いつも集まるのは、コニーの友達が主で、大体、8歳くらいから
12~13歳くらいの子ども達でした。
次女のデヴィは確か15歳でしたが、私より大人っぽくて、
すでに、ステディがいてデートしていました!
私は、ライオンズクラブのパーティでも、
「一番年下で12歳くらいかと思った」などと言われる位
子どもっぽかったです。![]()
コニーの友達の家には、プールがある家も多く、
一緒に遊びに行ったこともありました。
犬を飼っている家も多く、この写真のワンちゃんとも良く会いました。
ステイ先はバスみたいに大きなキャンピングカーを持っていて、
海岸へキャンプに連れていってもらったり、
受け入れ家族間で連絡を取り合って、他の家族とディズニーランドや、
ユニバーサルスタジオ、サンディエゴズー、シーワールドなどに行きました。
ライオンズクラブの歓迎行事もあってすごく広いサファリパークに行ったり、
バーキューやマウンテンライドやヘイライドを楽しみました。
つづく
高校3年の夏 その1
先日も書きましたが、このところ、高校関係で集まる機会が増えています。
また、ドイツの展覧会へ出品された方のお話、イギリスから帰国された方の会、
タイへ転勤の方からの便りなど、海外へ行っている人からのお話を聞くチャンスもあり、とても嬉しく思います。
日程の関係で、お誘いを受けても、参加出来ないものもあるのですが、
ついこの間、陸上部の会に行ってきました!
私は、あまり走るのは速くないのですが、陸上部でした。![]()
期を越えての集まりも、顧問の先生を囲んで、大いに話は弾み、
とても楽しいひと時でした。
高校の夏というと、一番思い出に残っているのは、
交換学生で行ったアメリカです。
ライオンズクラブの Youth Exchange Program の 試験を受け、
交換留学生として高校3年の夏休み、40日間、
アメリカのサンディエゴに行ってきました。
今思うと、大学受験を控えた大事な夏によく行ったものだとも思いますが。
実際、こどもからは「よく3年の夏に行ったね~」と感心、あるいは、
なかば呆れられました。
事実、夏が終わって帰ってきた時、皆のしっかり勉強しましたっていう様子に
私はかなり焦りました。
そこから、世界史など、必死に追い上げにかかりました。
上の写真はホームステイしていた家の前で撮ったものです。
近所の子ども達と仲良くなり、良く遊んでいました。
何枚も撮っていたとき、前の男の子が確か、背伸びしたので、まねして
私も背伸びして撮ったものと思います。
つづく






