ミッツのひとりごと「エホバの証人」「jw.org」「ものみの塔」からの解放

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元JW1世です。ものみの塔はカルト宗教です。早くそこから出ましょう。


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こんにちは。ミッツです。

 

日本中ほぼ梅雨明けして、毎日暑いですねぇ。。。滝汗

この2日間ほどは自宅で仕事をしています。

前の記事に4種類の仕事をしていると書きましたが、

結構自由なスケジュールで、それでもしっかりと働いてます。ウインク

 

組織内にいる頃は、仕事はあくまでも生活のため。

集会や奉仕に支障のない仕事を選ぶことが当たり前でした。

きっとこのブログを読んでくださっている方たちもそうだったんじゃないかなぁ?

だから好きとか嫌いとかあんまり関係なかったような。

まあ、それでも私は割とやり甲斐を感じるような仕事をしていたように思います。

 

ある兄弟は、私の田舎の会衆に必要で来られていましたが、工業高校を卒業されていて、そしてベテルでの奉仕経験もあって、

いくつかの電気系の資格をお持ちでした。

おかげでまあまあ割りの良い仕事に就いていましたが、ある日その仕事を辞めました。

 

え〜〜????

条件の良い仕事なのにどうして辞めちゃったんですか?

 

と尋ねると・・・

 

仕事が好き過ぎてこれはダメだと思ったんですよ。

 

って。。。ガーンガーンガーン

 

仕事に楽しみを見出すことは世に楽しみを見出すみたいでイヤなんだと。

 

まあ、そういう人いましたね。

世捨て人になるにはそんな思いは邪魔なんでしょう。

 

当時はそんな考え方が出来るなんて霊的ビックリマークとかって思っていましたが。(笑)

 

マイコンだろうが何だろうが、打ち込むものがあることは素晴らしいことだと今は思います。

もちろん、誰かに迷惑をかけたり心配をかけたりしているかもしれません。

でも、その人の生き方に納得があれば、その人は幸せに生きていると思います。

 

ですからその中で幸せに生きている人には恐らく何を言っても響かないでしょう。

幸せってその人にしか分からないですしね。

自分から見て不幸に見えても、本人は不幸だなんて思っていないのと同じ。

 

私は子宮ガンを患って、手術で子宮全摘出、卵管も卵巣も取ってリンパ節も郭清したんです。

それはきっと一般的にはとても大変なことだったと思いますが、

今は病気に感謝すらしています。

あの時自分の命について考える機会がなかったら、今こんなに自由でいられたかは分かりません。

 

術前に主治医から様々なデメリットについて説明がされました。

もしかしたら麻酔から覚めないこともありうること。

お腹を開けてみて手の施しようがなければそのまま閉じるので、その場合は今後どうするかまた改めて話しましょうとか。💦

 

それって余命をどう生きるかって話???

 

あとは例え手術が成功しても、体のどこかに麻痺が残ったり、排尿障害が出たり、通常の生活に支障が出るかもしれないとか。

 

怖い話が満載で💦

 

それでも手術以外の選択肢はとりあえずなかったし、1日でも早く貧血で力の入らない体を健康にしたかったので、腹を括ったわけです。

そして、手術に臨む前、私は心の中でこうつぶやきました。

 

手術が成功して無事目が覚めたら、今度こそ私は私の人生を楽しみたい。

もし神様がいるなら、今度はいただいた命をしっかり生きるので助けてください。

 

そんなことを心に決めながら手術に臨んで、結果無事に目を覚ますことが出来ました。

目覚めた時は、素直に

「ああ、生きてて良かったなぁ。」と思いました。

 

 

病室の窓から見えたのは新宿の副都心ビル群でした。

先生の気遣いで、窓際のベッドをう使わせていただきました。

何しろ病室で最初は新入りだったのに、退院する時は一番古くなってましたから。

窓際は気分が滅入ることもなく快適でした。

 

ここで本を読んだりテレビを見たり、人生でこんなにものんびりしたことあったかなぁというくらい、まさに命の洗濯が出来ました。爆  笑

 

あれから4年と9ヶ月。

資格取ったり、セミナー受けたり自分なりに新しいことをたくさん吸収して、今の私。ニヤリ

 

仕事のひとつとして、カウンセリングみたいなことをしています。

私の経験や年齢的な引き出しを使って、誰かのためになることが出来ていることは、まさに命あってのこと。

 

実はアメリカで1回、日本で1回輸血を受けました。

血液中のヘモグロビン値がありえない数値で、アメリカの病院では受けないなら返せないとまで言われ。。。(^◇^;)

 

日本ではやはり数値が低くて手術不可となってしまうため、手術前に輸血を受けました。

 

誰かの血によって私は命拾いしました。

輸血を禁じる教理はやはり受け入れ難いですね。

 

そんなことがありましたが、お陰で自分らしく生きることに熱意を持つことが出来たと思っています。あれは私の体が身を以て教えてくれた大切な教訓です。

今は感謝しかありません。

 

私のお仕事の話は次の記事で書こうと思います。

 

今日もお読みくださりありがとうございましたラブラブ