女は並んでカッコいい。
少女時代も『SATC』もそうだった。
サムジン・グループの女性社員たちが
ソウル中心のオフィス街、乙支路付近を
横に並んで闊歩する姿が颯爽とカッコよかった。
映画を一言で要約するようなシーン。

samjin.jpg

ホン・スヨン、ソンミ脚本、イ・ジョンピル脚色、
コ・アソン、イ・ソム、パク・ヘス
チョ・ヒョンチョル、キム・ジョンス出演
イ・ジョンピル監督『サムジンカンパニー1995 삼진그룹 영어토익반』(2020年)

(以下、映画の核心に触れる部分もございます)

高校卒業後に大手メーカーに就職した一般職の女性たち。
男性社員らのサポートや補助的な仕事、
コーヒー淹れに追われる彼女たちは
「代理」という職位を得るためにTOEIC600点取得を目指し
英語の勉強に励んでいた。
そんな時、自社の地方工場排水で公害問題が起こり...
1991年の斗山電子フェノール水質汚染事件がモチーフ。

映画に登場する金魚鉢の金魚のように、
ガラスの壁、ガラスの天井に阻まれて
「広い世界」へ出ていくことが出来ない閉塞感。
共通の壁にぶち当たった彼女たちが
英語を取っ掛かりに、あるいは武器にして
工場排水公害問題と内部告発に潜んだ陰謀を解き明かしていく。
「英語」が取っ掛かりに、というプロセスには
韓国語の「声」だけでは弱い、耳を傾けてもらえない透明人間のような彼女たちが
英語という「声」を言葉を獲得する過程を通して、
本来持っている韓国語の「声」をもついに大きく、
聴かれるようにする道程に重なる。
ドラマ「椿の花咲く頃 동백꽃 필 무렵」や
映画版『82年生まれ、キム・ジヨン 82년생 김지영』
のように
自分の声や言葉を失ったような、社会の周縁に押し込められた人々が
声を獲得していく過程、声を上げていく姿も
英語を学ぶことに仮託され、象徴的に描かれてもいるようだった。

蟻が壁を這うのを見て、韓国語で「アリ」と呼ばれる
個人投資家の株主議決権を集めるという発想も
独立運動、あっという間に各地に広まった万歳運動に始まり、ろうそく集会の
「共同のカタルシス」を経たプロセスが反復されているよう。
今年日本でも人気だったある韓国ドラマでも
登場人物のひとりが「自分たちの力なんて
取るに足らないと思っていた(大意)」と
吐露するシーンがあった。
圧倒的な不正や権力、暴力を前に、茫然自失し
自分ひとりの力なんて所詮...と諦めさせられるようなことが
日本でも毎日のように起こっているが...
サムジングループの女性社員ら一人ひとりが声を上げ
連帯すれば事態は変わる、という、あのろうそく集会の時のような
「共同のカタルシス」が喚起され、念押しもされている。
「지렁이도 밟으면 꿈틀한다 / Even a worm will turn.(一寸の虫にも五分の魂)」と
自身の権利や尊厳、「偉大さ」を自覚して
声を上げ、声を集めることが大切、と。
民主主義社会において、一票の力という「権力」を持ち、
集会する権利もある市民ひとり一人の力が
取るに足らないということはないのだ、
と改めて強く実感させ、現実に絶望して意気消沈した背中を
押してもくれるような映画。
イ監督が「ファイト、という気持ちで奮起して勝つ映画(大意)」と
インタビューで語っていた通り、エールを送られる思いも。

外資ファンドによる、株価下落計画からの
安値で買収して叩き売り差額を利益にする、というハゲタカのような企みを
白日の下に曝し粉砕する女性社員を中心とした連帯は、
ひとり一人の力が決して小さなものではないと改めて伝え
あの時のろうそく集会でも体感した「共同のカタルシス」を再現もして
英語TOEIC班=声を獲得するプロセスだけでなく、
民主主義レッスン班(復習編)のようでもあった。
一方で、企業再生ファンドと相違し、
新自由主義経済下で利益獲得のためだけに
Bear Hug Offerという強硬な手法、
買収する企業の株価をまず下落させるインモラルなやり方は
『国家が破産する日 국가부도의 날』で描かれた、米国も介入しての
IMFのやり口と軌を一にし、1997年のアジア金融危機前夜をも想起させ
資本金融市場レッスン班のようでもある。

女性の連帯、エンパワーメントにかぶせて
ろうそく集会を思わせる「民主主義の力」を刻印するような
ひとり一人の力も浮かび上がらせる演出。
民主主義のレッスンのような、民主主義「白熱教室」のような映画。
「蟻」のような個人投資家の株主議決権が
市民が持つ選挙権(投票権)という民主主義下での
偉大な権力、ひとり一人が持っている意味ある一票という権利/権力にも
オーバーラップ。
1995年という時代を超えて、個人がもっている権利/権力と尊厳
Speak yourself, 声を上げることの大切さを念押しもされる。
だから、民主主義レッスン班(復習編)でもある。
映画製作会社は『タクシー運転手』と同じthe Lamp 더램프。
『タクシー運転手』についても拙レビューで、
ろうそく革命を追体験させ、ひとり一人が民主主義の担い手と
再認識させる(大意)、と書いていた

本作もろうそくデモを通して韓国人ひとり一人の骨身にしみた
民主主義の力、市民の力を再確認させ念押しするレッスン、白熱教室のような趣も。
もしかしたら、製作する映画に一貫してそのような
思いを込めているのかも、と推測もしたり。

韓国映画や韓国ドラマでは
この「共同のカタルシス」が前政権の頃から本当に
何度も何度も描かれ...
それゆえ、女性のエンパワーメント映画で
フェミニズム的映画でもありながら
女性対男性が対立・敵対する構図ではなく、
男性も共に同じ地平で連帯する姿が描かれることで
観客に対し「あなたたちみんなの共同のカタルシスだ」と
包摂的に伝えているよう。ろうそく集会の時のように。

ただ、始まりは労働者たちの映画、
(『明日へ 카트』のような)労働映画ではあるが
厳密に言えば女性差別的な待遇や社会を彼女たちの声で変えた、
制度的差別を変えきった、という労働問題の改善的カタルシスは曖昧。
個人の尊厳と権利、ちっぽけだと過小評価し/されていた自分たちが
偉大だと気付いた女性たち、そして市民たちの
一種の成長譚 Bildungsroman としてのカタルシスに収束していた。
労働のリアルから、ややファンタジックでエンタメ性ある
カタルシスに変調して着地した感もある。
あるいは、会社=社会として捉え、
韓国らしい潔癖な正義感として
「清水に魚棲まず」の反対で金魚が住む金魚鉢の水は清く
清廉潔白であってほしい、の思いもほの見え、
それはやはりろうそく集会のきっかけ、始まりにリンクもする。
「私が一日の大部分を過ごす会社での時間が
意味があるものであってほしい」というセリフの奥には
金魚鉢の水=会社=社会/国家も悪で恥ずかしくて
ダメなら変えたい、という思いが並行する。
「正しく生きる」「正しく生きよう」と民主的に政権を交代させ
アップデートしてきた韓国らしい倫理観、モラル善悪の意識、
筋を通したスッキリ爽快感と、ろうそく集会を経た
民主主義のレッスンを念押しもされ印象深い着地点だった。

現実は...現実の内部告発も現実の男女同権も
どの国や地域でもまだまだ難しく、アメリカで初めての女性副大統領が誕生したが
女性の大統領はまだ誕生していないほど。
金魚鉢の金魚のように、
ガラス越しに外は見えるけれど、その狭く窮屈な鉢の外には
いつ行けるのだろうか...という気がしなくもない。
ガラスの壁、ガラスの天井。
「他人がこのくらい、と決めたちっぽけな世界が
全てじゃない(拙訳)」胸アツな映画のセリフと
現実との間でシーソーのように揺れる余韻も少々。

また、災害や豪雨で原発汚染水等が漏れ出し環境が悪化し続け
御用学者がプルトニウムは飲んでも大丈夫と政権擁護もするような国、
財務省赤木ファイル含め公文書が改竄黒塗りされ隠蔽され続けている国で
内部告発は可能なのだろうか、と暗澹たる気持ちにも。
映画に描かれた問題は一部の先進国にとっては
乗り越えてきた過去、二度と繰り返さない過去の過ちかもしれないが
この日本にとっては現在進行形で永遠に続きそうなディストピア、
永遠に繰り返されそうな暗黒の未来...と。

ヒロインが商業高校卒、で思い出すのが
『猫をお願い 고양이를 부탁해
(観たのはずいぶん前の2004年頃)
イ監督も2020年のインタビューで
青春映画としてはチョン・ジェウン監督の
『猫をお願い』を参考にした、と話していた。
地下鉄駅を走るシーンは同作へのオマージュ、とも。
労働映画としては『가리베가스』を参考にした、と。*
ちなみに、現在の日本の状況は不明だが、
某大手百貨店は商業高校卒の社員も売り場に多くいた。
流通系などは(商業)高校卒の社員も多いはず。
彼女たちの物語は、いつか書かれ描かれることがあるのだろうか。

*「読書新聞 독서신문」より、
"청춘영화로서는 정재은 감독님의 <고양이를 부탁해>(2001)를 참고했다.
노동영화로서는 영화아카데미 졸업 단편 중에 김선민 감독의 <가리베가스>(2005)가 있다."

女子は並んでカッコいい。
並んで歩くこと、闊歩すること(イ監督はこのシーンが一番好き、と)。
それは彼女たちの横の連帯を力強く表している。
同じく1990年代で時代が近い、
『犯罪との戦争 범죄와의 전쟁:나쁜놈들 전성시대』
ビジュアルも一瞬想起。
世代的には82年生まれのキム・ジヨンより一回り以上年上で
『サニー 써니』のヒロインたちと同じくらいだろうか。
もしかしたらナミたちのように民主化デモにも
飛び蹴り「参戦」していたかもしれない。
現代の若者たちの親世代で、
親子の世代をも繋いで連帯をさらに縦横に広げていくような余韻も。

ペ・スジ主演『花、香る歌 도리화가』もイ・ジョンピル監督。

to be continued...!?

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