ジョニー・トー監督による『ドラッグ・ウォー 毒戦』のリメイク、
チョ・ジヌン、リュ・ジュンヨル
キム・ジュヒョク、チャ・スンウォン
キム・ソンリョン、パク・ヘジュン出演
イ・ヘヨン、チョン・ソギョン脚本
イ・ヘヨン監督『毒戦 BELIEVER 독전』(2018年)

drug war.jpg
(写真は映画館のパネル~スタンディ)

(以下、映画の核心に触れる部分もございます)

無垢だが麻薬組織の犬としてのラク(リュ・ジュンヨル)は工場から焼け出され
捨て犬から今度は麻薬取締官ウォノ(チョ・ジヌン)率いる潜入捜査の「犬」に生まれ変わる。

おとり作戦、潜入捜査の一員として黙々と控えめに役割を果たすラクは
ウォノには信用されていないと感じながら
ウォノのことは信じている。
恐らく、ラクの生涯で、「表の世界」の他人を信じたことは初めてだろう
(同じように社会の周縁にいる聴覚障碍者姉弟は別として)。
組織の末端の犬としてあるいは「影」として社会の透明人間として生きて来たラクは
人を信じることもなく息を潜めて生きてきたはず。
イ先生と名乗る9人以上の「影」という煙幕を張って
誰も信じず生きて来た(9という数字から九尾狐 구미호 も想起)。

影としての、身を潜めた人生を
潜入捜査のバディとして「日の当たる」世界、「表」に投げ出し
誰かを、刑事を信じて併走して生き始める。
ラクの正体を考えると、
日の当たる場所に出て来たことはトンネルを抜けるような「生まれ変わり」を感じさせる、
ある種の成長譚だったはず。
影から表の人間に生まれ変わる。

「言葉が通じる(話が通じる)」と言える相手は
聴覚障碍者の「職人」姉弟だけ。
疎外者、周縁者同士の孤独が滲む答えだった。
影から表の日の当たる世界に出て来たラクは
少年らしい面影とぎこちないコミュニケーションで他人を信じ始め
バディとしてウォノと並走する成長譚をうっすら匂わせつつ...
実はラクのExodus(脱出、出エジプト記的な)であり
影としての身分ロンダリング(laundering、資金洗浄=Money laundering的)であったと気づく。

オリジナルの『毒戦 Drug War』は
死刑を免れる必死の足掻きの前に
中国と香港の歴然とした力の違い、断絶が迫る地上的な趣だった(だいぶ前に観た限りでは)。
『文雀』の時の、香港は男で大陸は女、暢気だった季節は過ぎ、
初めて中国で製作されたジョニー・トー映画には
生殺与奪を中国に握られているという、中国返還後の香港のリアリティが
『文雀』の頃よりヒリヒリした緊迫感を伴っていた。
2019年の香港の情勢を見れば、それはもっと肌身に感じ、身に沁みる
(「巨大中国」の公権力、公安とは戦えないとアメリカで訴えるほど)。

一方、韓国版は
「イ先生」の正体、アイデンティティを覆い隠す煙幕と影のエコシステム(生態系)を
影本人自身が潜入囮捜査という作戦にエコシステムごとぶっ込んで
Exodus(脱出、出エジプト記)的に
エコシステムの破壊・解体と同時脱出を試みる、形而上学的イリュージョン
魂とアイデンティティのロンダリング、影から人間への生まれ変わりだった。

だからと言って「イ先生」の過去を他人にかぶせて脱皮しすり抜けたまま
影から生まれ変わった人間として
生き延びることは倫理的に出来ない。

もしウォノがただの(組織などの)兄貴なら影から人に「生まれ変わった」ラクを抱きしめて
新しい人生に送り出すこともできただろう。
しかしウォノはマトリ、警察官で
麻薬取締法違反であれ殺人教唆・殺人であれ犯罪は容認出来ない。
コンテナで発見された時から始まったアイデンティティが曖昧なラクの生、
トンネルを抜けるように影のエコシステムから脱出し人として「生まれ変わる」
ラクの魂とアイデンティティのロンダリングに期せずして併走もさせられたウォノだが
そこはあくまで法という秩序を守り、人として越えてはならない矩を守るべく
苦悩しながら警官のIDは韓国に残し置いて、銃を片手に北欧へ発つしかなかった。
けじめをつけるために。

ジャンキーらがクレイジーに彩る前半と相違し
後半の緊張感疾走感はやや薄れたが
ウォノのアンビバレントな心情にはハラハラし
無垢で白く、音のない雪の世界での結末の行方はまた別の緊張感をもたらした。

ウォノとラクは一時はバディとして併走した間柄、
ラクがウォノを信じ、ウォノもインタラクティブにラクを信じたであろう関係だが
最後にまた二者の関係の非対称性、勾配性がくっきり見えたから。
二人は同じ民族でもない(ラクは香港か中国か東南アジアからのコンテナ密入国者の子)が
エスニックアイデンティティは特に意識されることもなく淡々とバディとして共に作戦に関わった。
出自不明、民族も不明な曖昧模糊としたアイデンティティを一方は抱えつつ。
表の世界のその作戦の過程ではフラット、対等に見えていたが
BELIEVERの綻びが見えた時
最後に二者間の非対称性、勾配性の孕んだ緊張がまた鋭利さを増して立ち上る。
追われる犯罪者と追う断罪者としての権力勾配がここで初めて強く意識されるから。
そして、一国二制度の中国と香港というオリジナルの同族間の対立や断絶を超えて、
世界が孕む、世界が普遍的に経験するボーダーレスな多文化/多民族間の格差と
対立をしのばせる構図の象徴でもあるから。
前者(『Drug War』)が一国二制度間の対立と断絶の狭間の犯罪としたら、
後者(『BELIEVER』)はより普遍的でボーダーレス、多国籍で多様で複雑系な世界を提示しているから。

組織の捨て犬から、潜入捜査・囮作戦に拾われた犬へ。
犬から犬へのラインに絡むのはもう一匹の犬、ライカ。
ライカと聞いて思わずハッとし浮かんだのは
ソ連のスプートニク2号に乗って宇宙の藻屑となったライカ犬 Лайка のこと。
この世で宇宙で最も孤独な犬ライカ。
麻薬の名もライカだが、孤独感を凝縮したようなその犬の名前に
犬としてのラクの人生が重なり合う。
ゆえに、最後にウォノが聞いた「生きていて幸せな時があったか?」という問いは
ライカ犬のように孤独なラクを揺さぶったに違いない。

麻薬組織のエコシステムを破壊解体しながら
影(イ先生)から人に生まれ変わり、Exodus=出韓国も同時にやってのけた
ラクのイリュージョンはしかし、彼の孤独感を埋め得る
形而上学的アイデンティティ、魂のロンダリングまでは成功させられなかった。

そんな、アイデンティティを失ったままのラクが
すっとした頬に浮かべた孤独感の余韻が白い雪景色に溶けて残る。
一発の銃声が、遂に彼の孤独感を撃ち破ったであろうことを確信しながら。
これが今私たちが生きている世界なのだ、という感慨。
ボーダーレスで多国籍で複雑系、そして孤独な。

 

to be continued...!?

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