アシスタントに守られて。
こんにちは
火曜日ですがお店に来てます
野菜をしまいに来ました
最近休みの日にお店来るの好きです
少しお店を客観的に観れるから
なんかアイディアが浮かんできそう。。
僕は料理の道に入ったのが10年前、19歳の時
だけど、実際料理の仕事をしていた時間は
8年くらいです
それでまじめに働いた時間はさらに短く(笑)
4年程。
10年中6年は、他の仕事、販売員やったり、日雇いバイトしたり、たこ焼き屋や、おにぎりや、うどんや、
喫茶店でコーヒードリップしてたり
飲食店で働いていても、アルバイトで遊びたい時仕事休んで、遊びまくってた
不届き物(笑)いわゆるフリーターでした
本腰入れて料理人として働き始めたのは25歳でした
始めて料理長を任された、中目黒のダイニングバー
良い経験と、プロとしてのプライドや、ほこりを感じれた職場でした
それでも、出していた料理は、パスタ、ピザ、カレー、後は居酒屋メニューの様なおつまみ40種類ほど
フレンチの「フ」の字も、まったく知らない
イタリアンの「イ」の字も語れない
とてもじゃないけど料理人と呼べるような、存在では無かったと思います
それに料理長というのはただの肩書で、ただ料理人が僕しかいなかっただけで(笑)
下にだれか従えていた訳はありません
ただ好きに自分の料理を一人表現していたにすぎません
まだまだ料理の世界に足を踏み入れたばかりです
そのころ、既に26歳を終えようとしてました。。
料理の基礎も、アシスタントを使う技量もないまま26歳を迎えたわけです
それでも料理を好きでたまらない気持は人一倍あったと思います
ただそれだけで、ここまで来れたようなもの。
コンフルに入ったのが28歳の時
26歳から28歳までの約2年弱
この間は僕にとって刺激的で、衝撃的な毎日を送った
人生のターニングポイントです
フランス料理に出会ってしまったのです。
それは、僕の中の全細胞が大革命をおこした瞬間でした
それから
狂ったように料理を勉強し始めました
フランス料理をむさぼるように勉強しました
片っ端から本を読みあさり、色んなレストランで食べ
そして、お店で試作を繰り返し、実践!!
その連続でした。
たった二年だったけど
10年のなかで一番成長できた時期です
それでいよいよコンフルに。
倉田さんと出会い
この1年半、お店と一緒に成長して来れたと思います
何が言いたいかというと
僕は未熟者です。
ジュクジュクの卵です
料理の学校出て1年目。。ぐらいの技術と器量しかありません
それでも
いまこの場所にいられるのは
倉田さんの度量とアシスタントの、佑太や唯のおかげなんです
本当は佑太や唯を叱るような、経験もないんだけど、
彼らは、真面目に必死に僕の言動に集中して
そして、何より「信じて」ついてきてくれます
その姿勢が、さらに僕の料理に対する意識を高めてくれます
しっかり地に足付けて頑張らなくちゃ!!、と背筋をいつも伸ばしてくれるのは
佑太と唯です
僕とは9こも歳の差があるけど
僕の中ではいつも同じ土俵に彼らはいます
同じ料理人という土俵です。
だから、いつも心を裸にしてぶつかります
そして、少し時間がかかっても
彼らは応えてくれる。
僕はシェフという立場を与えて頂いてます
全然まだまだまっとう出来ていないし
倉田さんや、佑太、唯にたくさん甘えてもいます
だけど、一人ひとりの存在があるから
毎日毎日助けられながら日々頑張って来れてるんです
人は本当に一人で生きてはいないんですね
最近すごくこのことを感じています
コンフルのみなさん
ありがとうございます。
せきぐち