camera di mana


2日目に見てきました。


尾崎豊を懐かしみながら、といったところですが、舞台全体は見ごたえありました



ただ、私的には盛りだくさんすぎてまとまりがなかったかな?という気も。。。。


コンテンポラリー・ヒップホップ・タップ・ラップ・ロック・バスケ。。。


どれもひとつひとつのレベルは高いのだけれど、何を伝えたいのかが、散漫になってしまっているような気がしました。


ラップにアレンジされた曲は、尾崎豊の世界観である詩が伝わってこなくて、すごく残念。

彼と同世代に生きた人間としては、特にファンではなくても、あの世界観は衝撃的であったし、彼の織りなす言葉、文字をすごく大事にしていたと思う。

決してのりだけのロックではなく、そこに存在する言葉が重要だったのではないかな?

それが、ラップ調だと、マイクの音声の問題もあるのだけれど、全く心に伝わらず、BGMのように聞こえてきてしまったので…(とらえかたは人それぞれだと思いますが。。。)


さらに、舞台役者・映像役者・歌手などなどさまざまな分野から集まっているので、声のトーンやハリがばらばらで、その点も舞台のまとまり感がなくなってしまったひとつのような気がする。演技幅が違いすぎて、見ているこちらは、とまどうところも。。。


しかし、何がすごかったって、タップが素晴らしかった!!!

見ごたえ十分!!拍手喝采!!


そして、やべさんの歌にも驚き!

歌ったこともだけれど、あんなに上手だったなんて。


早乙女太一くんは、実際みてもきれいなお顔でした。まだ2日目で緊張していたのか、声があまりでていなくて、歌もフラットしていたり。。。舞台慣れはしているはずなのに。。。


中村あゆみは、コピーしていたころを思い出しつつ、さらに年を重ねて迫力を増したような気がした。舞台の最後をあの歌で占めてくれていたのだと思う。


最後は、テーマである「僕が僕であることが」を客席とともに大合唱。役者全員が客席に降りてきて、走りまわっていました。その点は、すごく一体感が生まれたかな?


カーテンコールでは、ほけほけしていた太一くんをやべさんがリード

どっちが座長がわからないくらいでした。


2日目の2回公演。やべさんは袖で倒れてしまうほど頑張っていたようです。


休憩いれて3時間の長公演でした。