毎度お騒がせいたします。
「Two Way Communicationによる情報交換」 が基本の『以信伝心』は〝暦(歳時記)〟と〝今月の言葉〟の構成で成り立っています。『以信伝心』第1篇の結びに師が大切にしている彫刻家平櫛田中の言葉 「今やらねば 何時できる わしがやらねば たれがやる 」を紹介し、この『以信伝心』を通して望む 「Two Way Communicationによる情報交換」の長い登山のスタートを切りました。 さて2006年4月号の暦は次のように師は語っています。
中国より伝来した季節を示す用語に「二十四節気」があります。1年を二十四気に分け「春夏秋冬」各々六気あり、四季のはじめの気は立春、立夏、立秋、立冬で他に春分、夏至、秋分、冬至など馴染みの気語が続きます。春は立春にはじまり雨水・啓蟄(けいちつ=冬眠の虫が戸を啓(ひら)いて穴から出るころ)・春分・清明・穀雨と続きます。今年は・・・・。
お恥ずかしながら「二十四節気・七十二候」というものを知ったのはこの時が初めてでした。教わってきているのでしょうが、記憶には皆無でした。季節の循環を語り、季節の移り変わりや時間の経過を語り、時代を遡る師の歳時記「以心伝心」をめざして『以信伝心』ならではのこの感覚、古事・諺(ことわざ)を説く語りとともに暦は大切な「以心伝心」の要素。
さて、今月は中々≪ 「以心伝心」をめざして『以信伝心』(連載8:4月号) ≫ に寄せて(8)を書く気に慣れずにいました。何故か解らずに時間に任せていましたが20日過ぎに解りました。平成最後の「~寄せて」になることを実感しました。「平成最後の~。」とマスコミ(TV・Web・等々)であれだけ騒いでいた筈ですが、漸く心に届きました。
この間、自分の中で〝平成感(観)〟を問う時間だったように感じています。平成元年(昭64:1989年)は入社3年目を4月に迎えた年です。公私ともに人生の転機になった年で有ったことを思い出しました。
平成30年間の道のりは我々87年入社組にとっては第二の人生をそのものであったと思うのです。=サラリーマン人生の大半を過ごし、家庭を育み、人生の興隆を味わった30年であったと言えます。 「幸せの定義」は人それぞれ違うとは思いますが、私の中では、「健康・家族・富・名声」の四軸のバランスと教わったのも入社後間もない頃で、私成りに目指してきた30年の結果、今、答合わせの時(新元号と共に変化・節目)を迎えていると言えます。そんな見方をした時、「第二の人生」という響きの中に大きな心のうねりを感じ、〝 「人生の扉(竹内まりや)」〟の歌詞を思い出します。 「満開の桜や 色づく山の紅葉を この先いったい何度 見ることになるのだろう ・・・・・。」。師も時々歌っていた曲です。
このひと月、頭の後ろ側(CPUの裏タスク)で、ずーっと、自分にとっての「新元号(転機)」を考えていたように思います。そんな中、こういう時ほど道標としての「以心伝心」の大きさを感じずにはいられません。 特に、師の大好きな言葉のひとつ〝『以信伝心』第1篇の結びにも師が紹介している 彫刻家平櫛田中の言葉 「今やらねば 何時できる わしがやらねば たれがやる 」〟に心を捕らわれて試行錯誤していた3週間でした。
一方、師の連載8号での今月の言葉は、<為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり>と、<敵(彼)を知り己を知れば 百戦して危うからず>です。何かエールを贈る言葉の連続に、今更ながら勇気を戴いたひと月でした。
何かを決し得る時、少なからず上気し、判断が鈍る経験はスポーツをするものであれば誰もが大なり小なり経験をしているかとも思います。そんな時ほど、<敵(彼)を知り己を知れば 百戦して危うからず>なる弛まぬ学びが必要であり、<為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり>なるチャレンジ(勇気)が必要であると思います。 少年サッカーのコーチングでは、「いつも通りに。」「チャレンジ。」「楽しむ。」の中にこれらの要素を込めて送り出しています。 今月は自分が自分に、このエールを贈り続けている感があったことを実感します。
他方、この「以心伝心」の凄さを感じた3週間でもありました。心と頭が一致しないとペンが走らないことのジレンマを3週間味わいました。そんな中、平成最後の〝「以心伝心」に寄せて〟で、「平成(現元号)」を振り返り、「改元」の今、人生の転機(第三の人生への節目)の前、心の答合せを〝「以心伝心」に寄せて〟を通して出来たように思えます。
皆さんにとっての〝改元=「新元号」〟を迎えるとき、どんな節目でありますでしょうか。
では、またお会いしましょう。