久しぶりの映画館です。
映画館で映画観るのは好きなんですが、周りが気になってしまって集中できないことが多いので映画館自体に行くのは嫌いなのです。
さて、観る前の第一印象は「君の名は」って昔〜しのドラマか映画になかったっけ? 関係あるのかな、無いのかなというしょーもない印象でして、結論としては全く関係ないんですが人間の脳というのは無駄な詮索を止められない不便なものですね……。
そして、見始めての第一印象は「あ! やっぱり男女入れ替え系か……どこまで付加価値を上げていけるかな?」という自分と制作者に対する心配でした。あぁ、このまま入れ替わってキャーで終わったらどうしよう(色々な意味で)という心配でした。
観た人であれば一点、追加要素があることによって、ただの男女入れ替えでなくなっているのは明白です。このポイントはオーソドックスな要素の一つなのかも知れませんが、うまーく構成されていて、通常は二回観ないとのっけからこのネタを楽しむことは出来ないでしょう。
逆に言えば、二回目観るときには、このポイントを楽しみの一つにする事ができると請け合いです。
<以下ネタバレ注意>
後半で気になったのは、結局二人は出会ってハッピーエンドなのか、出会わずにしんみりエンドなのかという所でした。個人的には両方味わってみたいなという感じで観ておりました。
ハッピーエンドではちょっと出来すぎで、しんみりエンドだとちょっと寂しいかな〜という感じ。制作者は最後まで予想させないことを念頭に制作されていたということなので、出来れば上記のどちらとも異なるオチを提供してくれたなら最高でした。
ハッピーエンドではちょっと出来すぎというのは、巫女の家系は代々同じような入れ替え現象を体験してきたということで、お婆ちゃんも例外ではなかったのですが、最後に来て最後の二人だけが出会えるなんて虫が良すぎる感があるということです。
大勢の命を助けられたのだし、何より三葉の命を救えたのだからそれで良しとするのも一つかなと思うわけです。名前すら忘れているのに、電車越しにすれ違っただけで猛烈ダッシュするほど引かれ(惹かれ)合うなんて、「運命」だけで説明しきるのにちょっと無理を感じてしまうわけです。
かと言って、何処かで「出会ってほしい!」という期待感があるわけで、しんみりとお互い忘れたけど東京の空の下で別々の幸せを実現していくという終わり方だと鑑賞後の感覚が「何か引っかかる」「寂しい」という感覚になることは間違いなくすっきりしないわけです。
このような感覚を楽しむのも映画の観方だと思うのですが、万人受けするエンディングではないのは確かです。
先輩の「いつか幸せを掴みなさい」という言葉が個人的には6:4で後者の布石かなと思ったのですが、結果はオーソドックスなエンディングの選択肢となりました。映像美が物語のリアリティと神秘性と感動を高めていることは間違いなく、最後に「君の名は?」とすれ違って聞き合って終わるシーンも開放感があり綺麗でした。
こうなると、気になるのは名前を知った後の話です。そこまで描いてほしかった。
名前すら忘れるような術中にあるわけですから、(1)名前を聞いてもああそうですかで結局街に消えていくのか、(2)一目惚れ同士ということで過去もバックグラウンドもないまま新カップル誕生という軽薄な流れになるのか、(3)やっぱりというか、ついに直接名前を聞き合うことによって全ての記憶が蘇り泣きながら抱き合うのか……。
個人的には3が良いわけなんですが、皆さんはどうでしょうか?
もしも3の線で制作者が押してくれるのであれば(または同じような感動パターンで)、そこまで描いてほしかったというわけです。そこまで描いたら野暮ですよと言えるほど、そうなる確信もなく、ただタイトルを云わせて終わってしまうなんてと、そこだけ不満というかモヤモヤが残りました。
でも、何度も観てみたい珍しく面白い映画だったと思います。