今、きみが勉強で苦労している人なら、以下の話は納得できると思うのです。

以下は、僕の受験時代の話になります。

大阪大学医学部入学試験は、
1次:2次=400:600
合計1000点でした。

2次試験430点/600くらいがボーダーラインで今よりもセンター試験の割合が高くなっていました。
僕はセンター試験が苦手でした。その頃のセンター試験にはリスニングがまだなく、医学部は平均してセンター試験730点/800くらいでした。
河合塾のセンターリサーチは、
阪大医学部B判定ー15点の「D判定」

「まだ受験は終わらないのか」と震えながら阪大2次試験を迎え、
数学で5問中、
4完1半=175点/200
が取れたときには、たとえ試験中であろうが涙が溢れてとまりませんでした。

一生に一度しか死にもの狂いなんて経験できません。

そして働くようになった今はこう思います。

「あのとき、普通の人の何倍も勉強しておいて本当に良かった」と。

僕の高校は現役最優先でしたが、現役を優先したために国立大学医学部医学科を担任にあきらめさせられた人も物凄く多かったんです。その中の1人は、
大阪大学理学部物理学科へ現役で進学し、
大阪大学大学院 理学系研究科 博士課程 物理学専攻を修了したのに、40歳になるまで職を転々としました。
5回か6回は転職しています。「特任」助教だからです。「雇用期間の定め有り」と雇用条件契約書に書いてある限り、1年で解約されても文句が言えないからです。

彼は満40歳でようやく藤田医科大学診療放射線学科の准教授に就任しました。
しかし、子供を抱えて3年おきに各地を転々とするのは大変だったでしょう。
医学部以外を選んだ学生の収入が38歳で1,600万円に到達することも、ほぼありません。大企業の正社員でもせいぜい900万円です。

現役で東大、京大の「普通の学部」に進学し、大企業を狙う人は、人事部にTwitterまで覗かれますからTwitterやFacebook、Instagramも早い段階で削除しなければなりません。しかし、それは医学部には不要です。
「安定した職を得るために2浪することは恥ずかしいことではない。」
僕は確信しています。

「20歳無職」という、またとない機会を経験できたのですから。