Mandolin Orchestra Concordia Media Archive
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蒼いノクターン~ピアノとマンドリンオーケストラの為の「バラード」(内藤淳一)

しばらく間が開きましたが、また少しずつ私たちの演奏を紹介したいと思います。
今回と次回はピアノとマンドリンオーケストラの協奏作品を紹介します。

 作者の内藤淳一氏は吹奏楽の世界ではお馴染みの作曲家ですが、マンドリン合奏の為にもいくつかの作品を書いていらっしゃいます。詳細は後述に譲るとして、本曲は仙台で活動するチルコロ・マンドリニスティカ・フローラで初演された抒情的な逸品。チルコロ・マンドリニスティカ・フローラは斯界に長い間尽力し続けている高橋五郎氏が主宰する合奏団で、本年で創立45周年を迎える長い歴史のある斯界の重鎮団体です。
 本作はその創立20周年を記念して初演されました。特徴的な3つの楽章はいずれも抒情的で大変聴きやすい作品となっていますが、演奏される機会が少なく、もっと多くの団体で演奏される事を期待したいと思います。特に第二楽章は非常に美しい響きに満たされたノクターンとなっており、本演奏でもピアノ独奏を担当した増井めぐみさんと相談し透明感のある蒼をイメージした夜想曲を即興的な要素も盛り込みながら作り上げてみました。作者お膝元の演奏において名演奏を聞かせていた、平間百合子氏とはまた違ったロマンティシズムを味わっていただけたら幸いです。
 

 $Mandolin Orchestra Concordia Media Archive 内藤淳一 ピアノとマンドリンオーケストラの為の「バラード」(1984)   
   Ballade for Piano and Mandolin Orchestra by Junichi Naitou
                         ピアノ独奏 : 増井めぐみ 





 

Ⅰ~ Prologue(プロローグ)
Ⅱ~ Nocturne(ノクターン)
Ⅲ~ Ballade(バラード)

 作者は仙台に生まれ、宮城教育大学を経て、吹奏楽指導者として現在仙台市市民文化事業団評議員をつとめる。作曲を本間雅夫氏に師事し、代表作として1983年度全日本吹奏楽コンクール課題曲に入選の「吹奏楽の為のインベンション第一番」、2001年同コンクール課題曲である「式典のための行進曲~栄光をたたえて」など、吹奏楽界においては作品、指導とも精力的な活動を展開しており、平成12年度宮城県芸術選奨新人賞を受賞している。斯界においては本曲の他、「マンドリンオーケストラの為の組曲第1番、第2番」、柳田隆介、宍戸秀明両氏と連作をなした「ボカリーズII」がある。
 本曲は氏のマンドリン合奏曲としては初めての作品で、3つの楽章からなる協奏的作品。3つの楽章は各々独立性が強く、単独の楽章での演奏も可能となっている。氏の作品の特徴である「明快さ」「ロマンティシズム」「物語性」といったテーゼが、3つの楽章にそのままあてはめられており、初めてマンドリン合奏に触れる方にも非常に優しい作品と言えよう。
 第1楽章は歯切れのよいアレグロ、氏の得意とする「マーチ」系の小品。第2楽章は独奏ピアノによるモノローグ的な導入部から、分散和音に乗せてユニゾンの美しい主題が展開される夜想曲。夜想曲といえば、アイルランドの作曲家ジョン・フィールドが創始者でショパンが完成させた夢幻的な作品を言うが、特徴としては静かな抒情に溢れた主楽節と、やや激情的な中間楽節からなり、アルペジオに乗せて幽玄な分散和音を得るものだが、本作もまさにその粋を究めた作品。この旋律は単純でいながら自由に、聴衆の想像力を喚起させる事の出来る秀作で、町灯りの気にならない郊外に行って、町の頭上に架かる星たちのようなきらめきを感じる方もいるだろう。第3楽章は本曲のタイトルともなっている「バラード」。バラードは「譚詩曲」と訳され、譚(はなし)という訳語のように音楽による物語を意図している。叙事的な想念を念頭において作られたと考えることができ、本曲もまた作品全体の中核をなす劇的な内容をもっている。幾度かのソロスティックな楽節とたたみかけるような熱情的な音塊が特徴といえる。

◆ピアノ独奏 増井めぐみ

東京芸術大学音楽学部附属高校ピアノ科を経て、同大学卒業。
パリ国立高等音楽院主催のオーディションに合格し、記念演奏会に出演。NHK交響楽団のメンバーとトリオなどで共演。宝塚ベガコンクール入選。
実相寺昭雄監督の映画作品集「ファンタスマ」にピアノ演奏で出演、冬木透等と共演。
エル・ジャポン主催、フランス大使館後援の「ジャン・コクトー・ナイトにに出演、など個性的な活動を展開。
作曲家としても「金子みすゞ 歌と朗読」「金子みすゞの生涯」などの作品がある。近作には中央アート社出版による編曲集「うたとおはなし おうちでコンサート」などがある。

光と影が織りなす聖夜の奇跡~抒情歌劇「影」大幻想曲(Ugo Bottacchiar/松本譲)

 ここのところ邦人現代作品のご紹介が続きましたので、今日はコンコルディアがもうひとつの活動の中心としているイタリア系作品からご紹介します。
 もともと私たちはここにあげるUgo BottacchiariやGiulio De Micheliの両作曲家について非常に偏愛しており、その作品をとりあげる機会が多いのです。(最近ではこれにGiovanni Bolzoniが加わる事になります) 本日ご紹介するUgo Bottacchiariの大作、抒情歌劇「影」大幻想曲はボッタキアリらしい息の長い浪漫の色濃い旋律や、夢幻的な和声の変転、とりとめのないようでいて、フィナーレに向かって転変を繰り返しながら上り詰めてゆく雄大な楽想など、マンドリン楽曲としては長大な作品ですが、聴き所の多い作品かと思います。
 元々のオペラのあらすじをご一読いただきながら、ボッタキアリワールドに身も心も浸ってみてください。なお、原曲についてはかつてはチェコの名伯楽ロブロ・フォン・マタチッチの指揮、ミラノ・アンジェリクム管弦楽団及び合唱団によるCDが発売されましたが、現在では入手が困難な模様です。ボッタキアリファンであれば、彼の作品がオーケストラで演奏されているというだけで鳥肌ものなのではないでしょうか。
    Foyer盤$Mandolin Orchestra Concordia Media Archive GOP盤Mandolin Orchestra Concordia Media Archive

 $Mandolin Orchestra Concordia Media Archiveウーゴ・ボッタキアリ(松本譲編曲)一幕の抒情歌劇「影」大幻想曲(1899)   
   Ugo Bottacchiari(ridz Yuzuru Matsumoto
        "L'Ombra" Grand Fantasia sull' Opera Lilica in un atto(1899)





 作曲者はマチェラータのカステルレイモンドに生まれ、同地の工業高校で数学と測地法を学んだが馴染まず、幼少より好んでいた音楽に傾倒していった。そしてピエトロ・マスカーニの指導下にあるペザロのロッシーニ音学院に入学し、厳格な教育を受けた。師マスカーニからは直々に和声とフーガを学んだという。1899年にはまだ学生であったが、本歌劇「影」を作曲し、マチェラータのラウロ・ロッシ劇場で上演、成功を収めオペラ作曲家としてのスタートを切った。卒業後はルッカの吹奏楽団の指揮者や、パチーニ音学院で教鞭をとるなどしつつ、管弦楽曲、歌劇、室内楽曲、声楽曲、マンドリン合奏曲など数多くの傑作を表し、諸所の作曲コンコルソで入賞した。殊に交響曲「ジェノヴァに捧ぐ」は金碑を受賞した。(この曲はその存在が早くから知られていたが、石村隆行氏の努力によって本邦にもたらされた事は記憶に新しい。)
 そしてボロニアで発行されていた斯界誌「Il Concerto 」の主宰者にもなり、1925年にはA.Capellettiのあとを継いで、コモのチルコロ・マンドリニスティカ・フローラの指揮者に就任し、プレクトラム音楽の華やかなりし時代の先導者となっていった。
 斯界へは多くの秀作を残しており、瞑想曲「夢の眩惑」、ロマン的幻想曲「Il Voto」、詩的セレナータ「夢!うつつ!」をはじめ、多くの合奏曲、独奏曲を残した。埋もれていた歌劇の一部分(「セヴェロ・トレッリ」、「愛の悪戯」、「ウラガーノ」等1920~30年代の作品が多い)が石村氏の手により編まれ、本国でさえ日の目を見ないにもかかわらず、熱心な本邦のファンの心をとらえている。
 作品の多くは時代遅れの後期ロマン派風の分厚い和声と情緒連綿たる旋律に彩られ、斯界に多くの信奉者を生んでいる。常識的に考えれば時すでに1910~20年代と言えばウィーンではA.ベルクやA.シェーンベルクがドデカフォニーを生み出し、ロシアではA.スクリャービンが神秘和音などを駆使してして調性の概念をなくそうとしていた時代であった。しかしイタリアではヴェリズモの運動が盛んでロマン的な音楽からの脱却がなされなかったのである。その中でボッタキアリは師マスカーニの影響と傾倒したR.ワーグナーの影響を感じさせる作品を書き続けたのである。彼の最後のオペラである1936年作の「ウラガーノ」も、時代が二つの大戦にはさまれた不安定な時期であった事もあってか重苦しい雰囲気と色濃いロマンティシズムに満ちたものである。

 本曲は前述の彼の出世作である1幕ものの抒情歌劇「影」の題材を作者自らが自由に編んだ幻想曲で、ピアノスコアの形で残された原曲を、松本譲氏がマンドリンオーケストラに編曲したもので、初稿は1987年に同志社大学マンドリンクラブにより初演されている。今回の演奏には初演後に大きな改訂がなされた第二稿を中心に採用し、夜明けを迎える部分で使用されるCampaneなど、部分的に初稿からの引用を行う事とした。初稿と比較すると改訂稿では、クァルティーノの使用が省かれてはいるが、ピアノの追加もあり、大部分において、オーケストレーションの拡充が図られ、より厚みのある響きが実現されている。

 表題となっている『影』とは歌劇の主人公の亡くなった恋人の『霊』を表しており、ボッタキアリらしい着想といえよう。実際には『影』は意訳であり、『亡霊』とするのが、正しいようである。台本はコジモ・ジョルジュク=コントリの田園詩を基に作曲者自らが歌劇用に編んだもので、ドイツ・バイエルン地方の民間伝承による悲恋の物語である。
 作品は作者ならではの重厚なロマンティシズムに溢れた夢幻的な空気を終始たたえており、当時の愛好家の熱狂もいかばかりかと思われる。随所に低音部から高音部へのライトモチーフのかけわたしが聞かれるのは作者の特徴であり印象的である。歌劇の中の時間的経過と幻想曲中の楽句の順序は必ずしも合致していないが、中盤以降、鐘の音が響き、夜明けが訪れた事を印象づけるあたりの展開は本曲の聞きどころと言えよう。そして天使達の歌が流れるに及んでいよいよその高まりは歌劇のそれとは趣を異にしていると言え、なお余りあるほど感動的である。そして曲は歌劇が無限の彼方に消えていくように 終結するのとは対照的に、壮大な音の伽藍を築きながら終わりを告げる。
 以下94年にイタリアはミラノのfoyer社から発売された歌劇『影』全曲(全曲で約60分であるから実にこの幻想曲はその1/3もの長さに及ぶ異例の長大さである)のライヴCDの解説を基に引用してみよう。

・・・・・バイエルン地方の伝説は語る。
異国の地に埋葬された死者達の中で、
故郷に思い出を残してきた人がいるならば、
何かやりのこして来た人がいるならば、
密やかな愛を故郷に残して来た人がいるならば
失った希望を故郷に残して来た人がいるならば
彼らはクリスマスの晩の間だけ、星に導かれ彼らの国に帰ることが出来るのです。
でも夜にたどり着いても、朝一番の光が夜明けとともに訪れて、
鳥が囀りはじめたなら、祖国を後に同じ星に導かれ、彼らの
葬られたところへ帰らなければならないのです。
遠く離れた、果てし無い永遠の忘却の彼方へと・・・・・・・

― あらすじ ―

 月が長い影を引いて古都ニュールンベルグの街を照らしている。1798年の聖夜の事である。舞台は学者の書斎。学者ヴォルファンゴは机に戻って本を読みつづけようとしている。しかしある懐かしく、甘く、悲しい過去の思い出が彼の脳裏を駆けめぐり彼を痛切に苦しめるのであった。
 彼は愛した少女マルガリータを思い出していた。幼い頃から共に育ち、いつの日からか愛するようになったのだが彼は決してその愛を告白する事は無かった。なぜなら愛の告白(それは勇気のいる事であったが)によって彼女の心をかき乱す事を望まなかったからであり、彼女も当然それをしるよしも無かった。
 しかしマルガリータもまた彼を愛しており、甘い囁きを待っていたのである。そして彼女は彼の愛の言葉を空しく待つうちに、徐々にその身をすり減らしていき、またすべての希望も失い、その苛酷な試練にうちひしがれ、遂に死に導かれてイタリア(そこは彼女が悲しく苦悩の慰めを求めた場所でもあった)に埋葬されてしまったのだ。
 ヴォルファンゴはその夜、色褪せた希望を思い起こし、人生について、罪について、人間の存在意義について、瞑想しながら、自問自答を繰り返していた。「葛藤の報酬は何だ?」すると外から声が聞こえてきた。「それは愛です。」と。その時戸を叩く音が聞こえた。ヴォルファンゴは扉に立ち、そこに濃いヴェールに包まれた一人の婦人の姿を見る。それはマルガリータの亡霊である。バイエルン地方の伝説の通り、彼女はクリスマスの夜、故郷に帰ってきたのである。彼女は「ヴォルファンゴは本当に彼女を愛していたのか?」、「まだ忘れずにいてくれるだろうか?」という事を知るために、そして彼女自身もその告げられなかった愛を告白する為に帰ってきたのだ。しかし彼女もヴォルファンゴが既に忘却の彼方へ消えていってしまった記憶を呼び戻して苦悩するのでは、という事を恐れている。
 『影(マルガリータの事)』はその正体を隠したまま、ヴォルファンゴに彼の愛、そして彼とマルガリータの遠い愛の物語について語りはじめる。そしてヴォルファンゴは今もなお、告白しえなかった愛についての後悔していると切々と『影』に語りかける。「私はマルガリータを見るとき、いつも包まれるような愛を感じていた。私は愛を語るべきだったのだ。マルガリータよ。」
 その告白を聞いた『影』は動揺しながらも、悩み苦しんだ懐かしい日々を回想している。ヴォルファンゴは続けて、真っ白なライラックの花や、すみれの花が咲き誇っていた小さな庭の思い出を歌う。すると『影』は「小さなバーベナの花も・・・」と付け加える。驚いたヴォルファンゴが「何故貴女がその事を知っているのですか?」と問いつつ、『影』の正体を誰であるのかを問い詰める。『影』は~思い出に責めたてられ、またその正体を悟られつつも~谷間に月の陰が 満ちた時マルガリータがよく歌っていたあの物悲しい歌を歌いはじめる。もはやヴォルファンゴ は全てを理解しながらも尋ねる。「貴女は一体誰なのですか?帰ってきた死者なのですか?」
 『影』は質問には答えずに歌いつづける。ヴォルファンゴも加わりその歌は愛の二重唱へと高まる。「愛!それは美しい響き!そして永遠のものよ!」
 夜明けが訪れる。鳥たちの囀りが聞こえはじめる。死者は星に導かれ帰って行かねばならない。 『影』にも別れの時が訪れたのだ。そして『影』はついにヴォルファンゴに告げる。「私は貴方を愛していた女の霊です!」そしてヴェールを挙げて彼の額に接吻した。この告白にヴォルファンゴは動揺しながら、なお彼女を引き留めようとするが、『影』は再び忘却の彼方へと去っていく。ヴォルファンゴはうなだれたように書斎の机に臥せってしまう。
 するとその時、朝の太陽の光のように輝きながら天使たちに囲まれてマルガリータが輝くよう な衣に包まれて現れる。天使達は歌う。「貴方の最も大切な運命の時を虚しくさせてしまうような事をしてはいけませんよ」。そして合唱は天空の彼方に吸い込まれるように消えていきマルガリータもまた儚く消えていく。ヴォルファンゴの名を呼びながら・・・・。


参考文献:伊foyer FCE3003 L'Ombra/Dirige: Lovro von Matacic
     同志社大学マンドリンクラブ第111回定期演奏会プログラム


☆ぜひCDもお求めください。http://concordia.or.tv/cd.html
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青い海・潮風に吹かれて・心許す時間~前奏曲第5番「南風」(加賀城浩光)

 比較的規模の大きな作品の紹介が続きましたので、今日は小品を。
 加賀城浩光さんの前奏曲シリーズから、第5番「南風」をお届けします。作者の作品は近年特に若い世代に共感を得ており、氏の主宰するアンサンブルには、その人柄を慕って多くの同好の志が集まっています。
その中で不定期に開催されるアンサンブルofaのコンサートが「恋音」と題して先頃コンサートを開き、満員の聴衆に感動をもたらしました。また、本年は団長をつとめる楽団プロムナードの宮崎公演が2010年12月11日に予定されており、大変楽しみなところです。
 
 $Mandolin Orchestra Concordia Media Archive 加賀城浩光 前奏曲第5番「南風」(1994)   
   





 作者は1961年宮崎県生まれ。2001年まで広島に在住し、マンドリンバンド「ブルーメサ」、マンドリンとギターあるいはマンドチェロ(*1)のデュオ「アコースティック・ボーイズ」での活動(現在も活動中)、楽団「Promenade」主宰等の活発な活動を行ってきた。現在、故郷宮崎に在住し、作曲・編曲活動及びマンドチェロ奏者として活動すると共に、各地の大学等で演奏指導を行い後身の育成にも力を注いでいる。又「Ji-CLUB」なる一種の音楽クラブを主宰し、自らの音楽を通し、全国の演奏者と交流を持つなど、活発な活動を続けている。合奏作品として「プロムナードI~VII」「組曲」シリーズ、「前奏曲」シリーズ、他に小品あるいは独奏曲・二重奏曲を多数作曲されており、「プロムナードI」は既に現代ギター社より発刊、その他二重奏曲集も発刊予定である。
 当初、合奏曲を多く書かれていた氏ではあるが、近年は「マンドリン音楽の新ジャンルを生み出す」と言う理念の元、自らが発案し唯一のプロ奏者であるところのマンドチェロを使用した独奏曲や、マンドリンとマンドチェロの二重奏曲を主とした作品を多く発表している。その幾つかには、タッピング奏法あるいはサムピックを使ったフィンガーピッキングを取り入れることで、楽器の可能性を極限まで追求し、氏独特の甘く美しいフレーズと共に独自の世界を作り上げることに成功している。その成果は、マンドチェロ独奏曲CD「CGDG」として世に問われており、氏のホームページより購入可能である(*2)。
 本曲は、当初マンドリンとギターの二重奏として作曲され、後にマンドリンオーケストラへ編曲され、1994年、ノートルダム清心女子短期大学ギター・マンドリンクラブによって初演された。

<作者による曲目紹介>
 本曲は与論島に行った際に、青い海から吹いてくる心地よい潮風を感じながら作った曲です。本来ギターとマンドリンの二重奏でしたが、初演のメンバーの子達に気にいってもらい、合奏曲に編曲しました。南の島では時間がゆっくりと流れているような気がします。そんなのんびりとした時間の中にいると、心地よい風にいつのまにやらウトウトしてしまいます。曲はゆったりとしたテンポで、風が吹くように揺れます。そんな私が感じた南の島の香りを味わってみて下さい。

<作者からの本演奏会へのお言葉>
 音楽が多様化している現在、マンドリン音楽もクラシックやオリジナルだけでなくポップ(大衆的)な世界がもっとあってもいいと思っています。それは流行歌のようにその時代だけのものになるかもしれません。それでも奏者とお客様が今を楽しめる事ができれば作者として嬉しいです。こんな機会を作って頂きましたコンコルディアの皆さん、またご来場の皆様に感謝いたしております。

*1.マンドリン属・ギターの楽器製作家である米丸健二氏(宮崎在住)と共同で開発した、マンドロンチェロとギターをミックスしたような楽器。音域はマンドロンチェロと同様だが、楽器の構造はギターに近く、又、通常マンドロンチェロであれば調弦は低いほうからCGDAであるところを、CGDGのチューニングにすることと(楽器としてはCGDAで演奏することも可能)、前述した奏法の導入等で、クラシックなマンドロンチェロあるいはギターとは一線を画した表現を可能にしている。元々Ovation(リラコード~グラスファイバーの一種~をバックに使ったピックアップ内臓のエレクトリックアコースティックギター類)のMandocelloがベースにあり、これを完全にアコースティックなものとして、暖かい響きを得られるようにすると共に、生音でもタッピング等で音が出やすいように改良したものである。

*2. 加賀城浩光・ジジ音楽工房

点と線が織りなす巨大な建造物 ~ ギターマンドリン合奏の為のバラード(川島博)

 コンコルディアの指揮者になって、ずっと取り上げたいと想いながら、実現まで20年以上かかった曲を紹介します。これ程までにギターマンドリン合奏にしか描き得ない世界感を表出した作品は希有なものだと思います。
 筆者は学生の時に神戸大の東京演奏会でこの曲の初演を聴いて、とてつもない衝撃を受けました。それまで自分の中にあったギターマンドリン合奏の価値観をひっくりかえすような驚きでした。マンドローネという楽器のアイデンティティを知ったのもこの曲でした。それから川島先生の曲を沢山拝聴し、実現の機会を探ってきました。
 今川島先生の作品を取り上げる団体は殆どありません。日本のマンドリン合奏楽曲には、楽器の特質を活かしていながら、知られざる素晴らしい作品がまだまだ沢山眠っています。本曲では、特に後半の「点から線になって、変容を重ねながら波が寄せて引いて頂点を築いていく様」は圧巻です。マンドリン合奏でギターを弾く方には特に聴いていただきたい作品として激奨いたします。
 当団ではこのバラードから、優しき歌、セレナーデと3年連続で川島先生の薫陶を受けながら、団員一同で、川島作品の神髄を学びました。

 $Mandolin Orchestra Concordia Media Archive 川島博 ギターマンドリン合奏の為の「バラード」(1984)   
   "Ballede" for Guitar & Mandolin Ensemble by Hiroshi Kawashima






 作者は1933年栃木県足利市に生まれ、東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。桐朋音楽大学オーケストラ研究生指揮科修了。作曲を長谷川良夫氏に師事。愛知教育大学教授、名古屋音楽大学教授を歴任。現在、愛知教育大学名誉教授、日本教育音楽協会愛知県支部長、東海北陸理事。作品にオペラ「琵琶白菊物語」、立原道造の詩による混声合唱曲集1「いつまでもいつまでも」、同2「優しき歌」(音楽の友社出版)、オーケストラと混声合唱による「土に生まれて」、女声合唱曲「いろはうた」、ピアノ協奏曲、ピアノとオーケストラのための「里神楽」、その他合唱曲、歌曲、校歌等多数。平成5年度栃木県足利市市民文化賞受賞、「栃木県県民の歌」作曲第1位入選。平成15年度愛知県芸術文化選奨文化賞受賞。現在は、地元合唱団の指導指揮、NHK全国学校音楽コンクール(愛知県、東海北陸ブロック)の審査員等、合唱を中心に活躍。
 愛知教育大学ギターマンドリンクラブの顧問であった1970年代初頭より、当時のクラブの委嘱により、多数のマンドリン合奏作品を発表し、当団で作品を取り上げている帰山氏や熊谷氏とともに、邦人マンドリン楽界の旗手として大きな足跡を残した。
 本曲は神戸大学マンドリンクラブの委嘱により作曲され、1984年4月の東京演奏会で初演された、作者中期の意欲的大作。以下は当時のパンフレットの引用である。

 『私のギター・マンドリン合奏曲もこれで11曲になりました。「せしょ」や「里神楽」のような民族的なもの6曲と、そうでないもの5曲ということになります。今回はノクターン風な曲を書きたいと思っておりましたが、よりドラマチックになってしまったと思いましたのでバラードという曲名にしました。バラードという曲名はいろいろな曲風に使われているようで、又しゃれた響きがあってこの曲には合わないような気もするわけですが、ショパンのピアノ曲「バラード」のような意味での物語風な劇的な自由な形式の曲という意味でつけました。
 曲は鐘の音とつぶやくような音で始まりますが、それが次第に盛り上がり、次に笛の音を聴くような静かなところを経てから、行進曲となって高まり、最後に過去を回想するかのように静かに曲を閉じます。 ギター・マンドリン合奏の響きの可能性を追求したつもりです。』

 とあるように、殊更日本的な響きを指向したものではない事は明白であるが、それでもなお、作者が栃木で幼少期を過ごした時代の原体験である『祭』の響きがその背景にあるように思われる。曲は作者も記した通り、鐘の音を模したギターのつぶやきで始まるが、このつぶやきが醸しだす雰囲気は全曲を貫く象徴的なフレーズを導き出す事となる。この『点で綴られる音響』と、息の長い旋律が多層的に重なって作り出す、第一の主題である『線が重なりあう音響』が、全体を有機的に繋いでいる。特にギターに何度も現れるハーモニクスの響きを低弦が支え、徐々に全音域に拡がっていく様は、本作品に立体的な音場を与えており、得難い時間を演出する。
 『点の集合体』がやがて第二の主題を導きだす。これは作者が多くを産み出している合唱曲などでも印象的な5度の跳躍を中心として力強い歩みを開始する。やがて『線の重層』がこれらと重なり対立しながら融合を促して、激しい頂点を形成する。これらは徐々に遠ざかりながら、何度も反復されて『点』と『線』に還っていく。多層的でありながら、混沌を生まないこの響きは本作者の紡ぐ音楽の特徴と言えるだろう。頂点でマンドローネに現れる全弦のアップストロークは響きの点でも音場的にも衝撃的で筆者は初演時にこの音色に惹かれ今に至っている。余談だが、当時の神戸大のマンドセロパートのトップ奏者が、本日のセロパートのトップ奏者で当団の会長である。不思議だが必然の縁である。

参考文献:愛知教育大学ギターマンドリンクラブ演奏会パンフレット、神戸大学マンドリンクラブ東京演奏会パンフレット

静寂がもたらす光 ~ Antarctica for Piano & MO(丸本大悟)

 今回は昨年の定期演奏会で委嘱初演いたしました、丸本大悟氏の
"Antarctica"for Piano and Mandolin Orchestraをご紹介させていただきます。
 本曲の鑑賞にあたり、著名な音楽家の芥川也寸志氏が著書「音楽の基礎(岩波新書)」の中でこんな一節を残しておられ、本曲が企図するところをあまねく表現している名句として紹介しておきたいと思います。
 なお本曲の公開については作者より、多くの方に聴いていただきたい曲との快諾を得ていることを申し添えておきます。

  「(前略)静寂は、人の心に安らぎを与え、美しさを感じさせる。音楽はまず、このような静寂を美しいと認める事から出発すると考えよう。(中略)音楽は静寂の美に対立し、それへの対決から生まれるのであって、音楽の創造とは静寂の美に対して、音を素材として新たな美を目指すことの中にある(後略)」

 $Mandolin Orchestra Concordia Media Archive 丸本大悟 "Antarctica" for Piano and Mandolin Orchestra(2009)   
   Antarctica for Piano and Mandolin Orchestra by Daigo Marumoto
                      ピアノ独奏 : 増井めぐみ 






 作者は1979年大阪生まれで、高校時代のバンド活動を経て、大学入学時より龍谷大学マンドリンオーケストラに在籍、マンドラ首席奏者としてマルチェロの協奏曲を演奏。作曲活動は高校時代から開始、大学時代にはマンドリン合奏曲「夢」が初演された。その後、ARSNOVA Mandolin Orchestra解散公演で演奏された「ARSNOVA組曲」(末 廣健児氏との共作)や、東北大学マンドリン楽部委嘱の「杜の鼓動」を始めとして複数の合奏団からの委嘱を受けて精力的に作曲活動を行ってきた。2006年、「光彩」にて第2回大阪国際マンドリンコンクールアンサンブル部門第3位受賞。室内楽の分野でも活躍しており、 2004年、2007年および2009年に自作品の個展を行った。

 本曲はマンドリンオーケストラコンコルディアより作曲を委嘱した作品。ピアノとマンドリンオーケストラのアンサンブル作品であるが、協奏曲という体裁には捉われずマンドリンオーケストラとピアノの組み合わせによるサウンドを自由に生かした作品となっており、ゲネラルパウゼによって分けられた楽章ではない3つの章からなる。Antarcticaとは『南極』のことである。3つの章にもそれぞれ、I 「-89.2℃」、II 「極夜」、III 「オーロラ」という南極にちなんだ表題がつけられている。 「-89.2℃」は1983年7月21日にボストーク基地にて観測された地球上の最低気温であり、「極夜」は冬季に極圏で見 られる1日中太陽が昇らない現象、「オーロラ」は(よく知られたように)極域近辺に見られる大気の発光現象である。

 以下は作曲者による本曲に寄せるコメントである。

 『本曲はG.P.で区切られる3章の曲で、楽章として分けなかったのは曲中で緊張感を保持する為です。 I.は、超低温、無機質な雰囲気を持っています。「あり得ない低温」ではなく、自然現象として起こり得るという事を少し意識して、単なる 「無機質」にならないようにしてみました。 II.は、いつまでも夜が続き、そこで起こる色々な自然現象を曲想としました。 III.は、その自然現象の中でも最も有名なオーロラ。美しく壮大にたな びく様子を表現したいと思いました。』

 曲はIで12音技法のセリー(音列)として提示され た音楽要素が変容し展開されるという構成をもつ。12音のセリー は、短2度上昇-完全5度上昇からなる3つの音 を1グループとして、それを一定の間隔で4つ繰り返したものである。典型的な12音技法ではセリー中の同音程の繰り返しを 避けることが定石であるが、本作ではあえてその制約を破る事で、12音技法の無機質な響きを抑えると共に部分動機として曲全体を統一する要素として用いている。

 I.は上述のように12音技法により、ピアノによるセリーの和音としての提示の第1の部分、ピアノの16分音符によるセリー上の動きとマンドリン属の打楽器的表現による第2の部分、 再びピアノの和音が他の楽器の肉付けと共に再現される第3の部分からなる。ピアノの高音や打楽器的奏法が氷がきらきらと輝く様を表現しているかのようである。-89.2℃にちなんで4分音符 =89のテンポで演奏される。

 II.はIのセリーをそのままなぞる主題を用い、主題とその展開からなる。

 III.は無窮動なピアノの伴奏と順次下降するバス音上に、セリーのグループを動機として自由な展開がされ、最後は静かになって、 曲頭と同じ和音で曲を閉じる。

(指揮者補記)
 III.オーロラについては各パートが、オーロラそのものや、凍てついた空間に舞う氷煙、それらを見上げる人々に分かれ、その壮大な風景を叙している事が作者から語られた。この曲を委嘱した時に筆者は 「ピアノとハープとマンドリンオーケストラの為の作品」とお願いをしたが、おおよそ二年間に及ぶ作者のイメージ作りの過程では、まずピア ノという楽器の持つ硬質でクリアーな響きを「最も冷たいモノ」として作品の中で位置づけ、その過程でややロマンティックに過ぎるハープの響きは除き、またコンチェルトなどの形式的な作品では表現出来ない 「無機質の美」の追求で本作品が形作られた。作者の作品の中でも新しい試みとして奏者一同も初演を一緒に楽しみたい。