今朝、旦那と政治的なことを話していた時に、なぜ、特に「ご自愛ください」と思うようになったかという上で、重要なことを思い出したので、覚え書きの代わりにアップしておきます。
ある(政治的な)ことがらがあったとして、
それに対してどちらの側につくかということがあるとして、
どこの国の誰がこう言った、ああ言った・・という報道されていることについては、全て、ほんとうかどうかは確かめるべくもないことだと思います。
結局は、自分として直感的にどちらが正しいと思うか・・ということになるのだと思います。
うちなどは、夫婦間でそこがかなり分かれることがあり、ヒートアップしていく中で、「じゃあ、あんた見たんか?」と言いたくなることがしばしばで、ここがあまり分かれると夫婦としてやっていけなくなるなあ、と、思うし、実際、それでやっていけなくなっても別にいいんですけど、そんなことでやっていけなくなるのはアホらしいなあ・・と思ったりします。
そこで、「政治家を選んだのは国民だ」とか「民主主義(は優れている?)」とか、「民主主義の原則の多数決で決まったことだから」という話になっているのですが、自分の実感として、「入れたい政党がない」とか「入れたい候補者がない」ということはよくあって、「だから行かない」、とか「だから白票を投じる」というような気持ちになり、そのように行動したとしても、現在の、投票率が何パーセントであっても選挙は成立して、やり直しがない現状や、白票が多数を占めたから、違う候補者を立てなさい・・なんていう法律がない現状を考えると、何の意味も持たない、ということになっている。
だから、選挙前に「入れたい党も人もないんですけど」と呟くと、「消去法で残ったところにとにかく入れなさい」と説教される・・ということになる。でも、「心情」なんていうことはまるで考慮されないから、もし仮に消去法で残って入れたところの候補が当選したとしたら、「みんなが支持してくれた!」として、調子に乗る・・ってことになると思う・・・。
そして、今議員になっている人達は、今の選挙制度で当選している人達で、立法府は国会で・・となると、その人達が選挙制度を変えようなんて思うわけがない・・。
なので、何と言うか、「王道」(?)を行っている人はどうだかしりませんが、私はもはや、民主主義が民意を反映しているだとか、民の方が王(独裁者?)よりいい・・というのは幻想なような気がしています。
だから、こんな議員を選んでいるのは私達なのだから反省しなければ・・ということに対しても、理屈ではそうかもしれないけれど、「ほんまにそうかな??」と、思ってしまう。
でまあ、とにかく、「国」というものは、もちろん、常に状況は把握しておくべきだと思うし、それに対しての自分の意見は持っておくべきだとは思いますが、自分の意志とは関係なく動いていく・・と思うのです。
特に、この国においては・・。
もちろんそれがたまたま自分が思う方向なら、それはもちろん喜ばしいことですが。
で、思うんですけど、一般的に、外観ではなく、内実が幸せな人、幸せだと実感できている人って、他人の足を引っ張ろうと思わないし、他人の不幸を蜜の味だと思わないし、みんなも幸せであってほしい、と、思うと思うのです。
幸せな個人が増えれば、そういう人が治世する世の中に、当然なっていくと思うのです。
だから、「ご自愛ください」なんです。
そして今。
「くちびるに歌を持て」・・的に、どんな時代であろうとも、HAPPYでいる覚悟。
それが大事だなあ・・と、思うのでありました。
正直なところ、会いたい人と会っておきたいのは、ただ人生の折り返し地点だからというだけでなく、もっと切実なものがあるような気がしています。
「この人が「いる」んだ!」という確認のような・・・。
いつもながら、「覚え書き」レベルでまとまりのつかないままのアップ、申し訳ありません。
やっぱりこれは「本」とは別物だなf^^;。
ある(政治的な)ことがらがあったとして、
それに対してどちらの側につくかということがあるとして、
どこの国の誰がこう言った、ああ言った・・という報道されていることについては、全て、ほんとうかどうかは確かめるべくもないことだと思います。
結局は、自分として直感的にどちらが正しいと思うか・・ということになるのだと思います。
うちなどは、夫婦間でそこがかなり分かれることがあり、ヒートアップしていく中で、「じゃあ、あんた見たんか?」と言いたくなることがしばしばで、ここがあまり分かれると夫婦としてやっていけなくなるなあ、と、思うし、実際、それでやっていけなくなっても別にいいんですけど、そんなことでやっていけなくなるのはアホらしいなあ・・と思ったりします。
そこで、「政治家を選んだのは国民だ」とか「民主主義(は優れている?)」とか、「民主主義の原則の多数決で決まったことだから」という話になっているのですが、自分の実感として、「入れたい政党がない」とか「入れたい候補者がない」ということはよくあって、「だから行かない」、とか「だから白票を投じる」というような気持ちになり、そのように行動したとしても、現在の、投票率が何パーセントであっても選挙は成立して、やり直しがない現状や、白票が多数を占めたから、違う候補者を立てなさい・・なんていう法律がない現状を考えると、何の意味も持たない、ということになっている。
だから、選挙前に「入れたい党も人もないんですけど」と呟くと、「消去法で残ったところにとにかく入れなさい」と説教される・・ということになる。でも、「心情」なんていうことはまるで考慮されないから、もし仮に消去法で残って入れたところの候補が当選したとしたら、「みんなが支持してくれた!」として、調子に乗る・・ってことになると思う・・・。
そして、今議員になっている人達は、今の選挙制度で当選している人達で、立法府は国会で・・となると、その人達が選挙制度を変えようなんて思うわけがない・・。
なので、何と言うか、「王道」(?)を行っている人はどうだかしりませんが、私はもはや、民主主義が民意を反映しているだとか、民の方が王(独裁者?)よりいい・・というのは幻想なような気がしています。
だから、こんな議員を選んでいるのは私達なのだから反省しなければ・・ということに対しても、理屈ではそうかもしれないけれど、「ほんまにそうかな??」と、思ってしまう。
でまあ、とにかく、「国」というものは、もちろん、常に状況は把握しておくべきだと思うし、それに対しての自分の意見は持っておくべきだとは思いますが、自分の意志とは関係なく動いていく・・と思うのです。
特に、この国においては・・。
もちろんそれがたまたま自分が思う方向なら、それはもちろん喜ばしいことですが。
で、思うんですけど、一般的に、外観ではなく、内実が幸せな人、幸せだと実感できている人って、他人の足を引っ張ろうと思わないし、他人の不幸を蜜の味だと思わないし、みんなも幸せであってほしい、と、思うと思うのです。
幸せな個人が増えれば、そういう人が治世する世の中に、当然なっていくと思うのです。
だから、「ご自愛ください」なんです。
そして今。
「くちびるに歌を持て」・・的に、どんな時代であろうとも、HAPPYでいる覚悟。
それが大事だなあ・・と、思うのでありました。
正直なところ、会いたい人と会っておきたいのは、ただ人生の折り返し地点だからというだけでなく、もっと切実なものがあるような気がしています。
「この人が「いる」んだ!」という確認のような・・・。
いつもながら、「覚え書き」レベルでまとまりのつかないままのアップ、申し訳ありません。
やっぱりこれは「本」とは別物だなf^^;。