2018/3/25 登城

19 川越城(かわごえじょう)

別名;初雁城

城地種類;平城

築城年代;長禄元年(1457)

 

川越城の歴史

 川越城は、扇谷上杉持朝が長禄元年(1457)に太田道真・道灌父子ら家臣に命じて築城させた城。当時、持朝は山内上杉房顕と連合し、古河公方足利成氏と北武蔵の覇権をめぐって攻防を繰り返していました。築城は扇谷上杉領の北端の拠点とするためと考えられます。

 小田原を拠点に武蔵への進出を図る後北条氏は、天文6年(1537)に川越城を攻め落としました。天文15年(1546)、扇谷上杉氏は当時対立していた山内上杉氏・古河公方共に、川越城奪還を図りましたが、後北条軍の奇襲にあって大敗し(川越合戦)、後北条氏は北武蔵への支配を固めていきました。

 天正18年(1590)、豊臣秀吉の関東攻略に際し、川越城は前田利家らに攻められて降伏しました。同年8月、徳川家康が江戸城に入ると、江戸に近い川越城には重臣酒井重忠を置き、その後も幕府の有力な大名たちが川越に配置されました。

 寛永16年(1639)、川越城主となった松平信綱は川越城の拡張整備を行い、本丸・二の丸・三の丸・追手曲輪・新曲輪などの各曲輪、3つの櫓、13の門からなる、総面積9万9千坪

(約32万6千㎡)余りの規模をもつ巨大な城郭になりました。(川越城本丸御殿のパンフより)

 

*見てきた感想

JRの川越駅の観光案内所で、川越の観光マップがもらえて、駅から、川越街道~川越城とのんびり歩いて見たいところですが、この後 あと2つお城を見に行く予定なので、急ぎ足での観光となり、空堀の後、本丸御殿を見学しました。初めに100名城に行こうという本を見て行ったので、良かったですが、100名城スタンプの設置場所が、入館料100円を出して中に入らないと、スタンプがないことなど、仕組的に良くできてるなぁと感心させられました。