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何かの協奏曲

Concerto for Something.

表参道で、用事を済ませて駅へ向かっていたら、人混みがある。

警備員がライトを振って歩行者を誘導したり、堰いたりしているのが見える。

夜の10時近く。

なんだろうと思って近寄ったら、ドラマの撮影だった


7日に放映されてしまったそうなので、もう書いていいだろう。

石原さとみと俳優が会っているシーンだった。

女優は、パッと見てわかる美人で、大したものだと思った。

少し眺めて立ち去った。俳優は誰なのかわからなかった。

あとで妹に聞いたら、田中圭も知らないのか、と笑われた。


電飾のきらめく季節らしい。

ただ、それほど寒くもないので、なんだか季節はずれな感じもする。

それでも、通りのケヤキが一斉に彩られるのを、ついつい見入ってしまう。



表参道

イルミネーションに浮かれたのか、山下達郎を歌う酔っ払い。

「まだ消え残る、君への思い」、なんて言っている。

その年になって、そういうものが残っているのかい、と問いたくなる。


ちょっともう古いよね、と思うけれど、けっこう山下達郎は好きだ。

「サンデー・ソング・ブック」は妻の愛聴するラジオ番組。

本人の歌はあまりかからないけれど。


田中圭を知らない兄は、「サンソン」のリスナーなのである。

石原さとみを知っているだけ、なんぼかマシだ。

秋が来た、せいなのか。

このところ、黄色の陶磁器がほしいな、とちょっと思う。

黄瀬戸でもいいし、伊羅保でもいいのだ。

黄色みのある発色なら、米色青磁でもいい。


そういえば、と棚を眺めると、黄色はほとんどない。

林恭助の黄瀬戸の湯飲みが、ひとつ。

すっきりした円筒形の、大きめの湯飲み。


それだけ。


「黄瀬戸、持ってないの? いいのけっこうあるでしょ?」

と、あるときにギャラリーに勤める友人と飲んでいて言われた。

「山田和とか、林恭助とか、好きは好きだけれどねえ。」

「そうでしょ、池西剛とか、原憲司とか、いい作家いるよ。」

「でも、持ってないんだよ、なぜか。」


そうだなあ、黄色い酒盃とか、明るくてよさそうだな。


そんな感じで、この秋は想いがくすぶる。

クリスティアン・ティーレマンという指揮者がいる。

いるというより、中堅では頭一つ抜け、巨匠の域に差し掛かっている。

ドレスデン・シュターツカペレの首席指揮者である。


彼の名前は、もう10年以上前から知っていて、

それは現代では珍しくコレペティトゥア(練習指揮者)上がりだからだ。

昔はコレペティ上りが当たり前だったが、いまはコンクール上りが普通だ。

こんなご時世で、珍しい「たたき上げ」だと紹介されていて、興味を持った。


その後、10年ほど前に2つの大曲のCDを出した。

モーツァルトのレクイエムと、ブラームスの交響曲第1番である。

どちらも、えっという驚きを覚えずにはいられない演奏だった。

それも、決していい驚きではない。


たとえば、レクイエム。

第8曲のラクリモーサ(涙の日)が、なんだかすごく速い。

その前のコンフターティスが速いのは我慢できるけれど、

「涙の日」が速くなくていいじゃないか。

「悲しみは疾走する」じゃないんだから。


ブラームスは、やけに緩急が激しい。

同じ楽章のなかで、変に溜めたりアッチェレしたりするから、

聞きようによっては酔っぱらったようになる。


散々ないいようだが、実際に聞いてみてウンザリしたのだ。

いま聞いても、やはりウンザリする。

そのくらい、「変なことをする指揮者」がティーレマンだった。



ところが、こうした起伏の激しさにもいいところがあって、

ワーグナーやブラームスの序曲にはぴたりと合っている。

10年にわたり敬遠してきたティーレマンだが、これは素敵なのだ。


たとえば、去年リリースされたブラームス集の「悲劇的序曲」。

冒頭にガツンと来る悲劇の主題も、対抗する甘美な第2主題も、

本当にクリアに描き分けられていて、10分強が充実している。

特に、8分前後の、悩みを吐露するように木管が暗く歌った後、

ホルンがすべての曇りをかき消して、決然と鳴るシーン――

ここを、これほど決然とたくましく鳴らした演奏を私は知らない。

しかし、これほど効果的で優れた演奏もまた、知らない。


そういえば、1990年代にリリースしたワーグナー序曲集もよい。

「ニュルンベルクの名歌手」序曲や「トリスタン」序曲もいいが、

なにより「ローエングリン」第三幕への入場曲が素晴らしい。

勢いがあり、歌がある。


ただ、長い曲になると、相変わらず変なことをするそうだ。

今年の2月にドレスデンを率いて来日公演をしたが、

そこでもブルックナーの演奏はやはり、「よかったけど変」だったらしい。

実際に聞いてきた人の感想である。


序曲を聞いていると、ただものではないのはわかる。

そのうち、フルトヴェングラーみたいに神格化されるのかしら。