秋の帰省(3) 高千穂峡へ。 | 何かの協奏曲

何かの協奏曲

Concerto for Something.

阿蘇山麓を抜けて、高千穂町までは、さほど時間はかからない。

たぶん、1時間弱というところだろう。


山々が折り重なる中に、小さな集落が点在している。

高千穂はそのなかでは大きいほうである。


別に神道にシンパシーはないし、天孫降臨を信じてもいない。

だが、行ってみて、なんとなくここに信仰が集まったことはわかった。


自然のどんな作用があれば、切り立った岩のあいだを渓流が流れるのか。

そんなことを考えながら、柱状節理の切り立った崖を眺めた。

ここを信仰してきた人たちには、おそらく国家や天皇など関係なかっただろう。

だが、ここに神がいたことだけは、はっきりと信頼していただろう。

そう思った。




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東京に戻ってから、日本史に明るい知人に、信仰について聞いてみたところ、

古くからやはり土着的な信仰はあった、といった。

だけれど、戦国時代に、北からは切支丹大名の大友氏に攻め込まれ、

後に南から日蓮宗を信じる島津氏に攻め込まれたため、

ほとんどのものは打ち毀たれてしまったのだという。

道理で、石碑などを見ても江戸中期までのものしか見当たらないはずである。


夏や秋は良さそうだが、冬はここは冷え込みそうである。

どんな風景になるのだろうか。少し気になっている。