予期せぬほどアクセスがあり、なんだか申し訳ない気持ちになった。
書いた本人は何気なく書き綴っただけなのだが、
有益な情報を少しでも得ようと検索してアクセスした人もいたかもしれない。
別に気にする必要もないのだが、何だかもやもやする。
ひとつくらい、有益かもしれない話でも書いてみよう。
就職活動のマニュアルにはたいてい書いてあるポイントなのだが、
選考する企業の人間は、衣服や身だしなみにかなり注目している。
それは、人事課などに勤める友人に聞いても、確かなことらしい。
なぜ衣服・身だしなみにに注目するか。
それは、衣服が「あなたは何者か」の記号として機能するからである。
エグゼクティヴと渡り合いたいなら、渡り合いたいなりの衣装がいる。
最前線で汗して働きたいなら、高いスーツに身を包む必要はない。
衣装は「あなたとは何者か」を意外なほど語っている。
考えてみよう。
企業の営業をしたいという人間は、上質な生地のダブルスーツなんか着ない。
よほど上級職になったところで、標準的なかたちのスーツを着るだろう。
それは当然で、売り込み先で製品より本人が目立っては具合が悪い。
逆に、同じ客商売でも、経営陣と渡り合わなければならない職種もある。
たとえばコンサルティングなどは典型的にそういう商売だ。
そういった人々には、ある程度「自分を大きく見せる」しかけがいる。
衣服はその点で、まず気を配るべきポイントになるだろう。
書類や口先でどれほど美辞麗句を並べたところで、
身だしなみはあなたの人格を語るし、服の選択が企業への態度を示す。
「御社にあこがれていて」と言いつつ、ワイシャツがヨレヨレではダメだ。
恋愛相手に、雑なかっこうで向き合いはしないものだ。
「外見じゃなくて、中身を見てくれ」と言ったところで、無駄である。
自分で思っている「中身」をどれだけ開陳したところで、
ヨレヨレな衣装は、「相手への配慮のなさ」を語るだろう。
「自分に配慮しない人間」を、誰が好意的に見るだろうか。
人事の人たちが、存外に気にかけているのは、靴である。
別にいいものを履いている必要はない。
きちんと掃除しているか、磨いてから来ているか。
これも精神論ではなく、実用的な話である。
客先に出向いたとき、靴の裏が汚れていては、先方に迷惑をかける。
きちんと磨いていれば、それだけでも身なりはそれなりに見える。
これも、相手への配慮の一種である。
あなたを語るのは、言葉に限られるものではない。
衣服や小物、姿勢、そういったところに人々は「あなた」を読み取る。
そして往々にして、それらのほうが「志望動機」より確かだ。
最後に、私の僅かばかりの経験でおもしろかったものを書こう。
上京したら頼るといいよと、父の友人がある人を紹介してくれた。
そのI氏は、某大手商社の役員で、折々に食事などに連れて行ってくれた。
学部生の終盤、就職活動をものの試しと私もやってみた。
やってみたのだが、どうにもしっくり来ない。
なぜなのだろう、とI氏に相談に乗ってほしい旨をお願いしたところ、
とりあえず新橋に飲みに行こうとのお返事をいただいた。
私は率直に、就職活動をしようと思い、企業などを調べるけれど、
調べれば調べるほど、気が重くなってくる、なぜでしょう、と聞いた。
I氏は一笑、「そりゃあ、お前は人に頭下げる気がないもの」。
何度も飲みに行って、お前の能力はわかるが(これはI氏の配慮である)、
お前は頭を下げられる酒の飲みかたをしない、とI氏。
なるほど、そんなところで人は私を見るのか、と驚いた。
そして、すっぱり就職活動をやめた。
なぜなのだろう、とI氏に相談に乗ってほしい旨をお願いしたところ、
とりあえず新橋に飲みに行こうとのお返事をいただいた。
私は率直に、就職活動をしようと思い、企業などを調べるけれど、
調べれば調べるほど、気が重くなってくる、なぜでしょう、と聞いた。
I氏は一笑、「そりゃあ、お前は人に頭下げる気がないもの」。
何度も飲みに行って、お前の能力はわかるが(これはI氏の配慮である)、
お前は頭を下げられる酒の飲みかたをしない、とI氏。
なるほど、そんなところで人は私を見るのか、と驚いた。
そして、すっぱり就職活動をやめた。