マタイ 16章


1~4節 天からのしるし

パリサイ人、サドカイ人たちは試そうとしてしるしを求めた
→ しるしは既に与えられている(マタイ11:4~6、12:22)

※信じたくない者はどんなしるし(奇跡)を見ても信じない。

ヨナのしるしはキリストの復活の予表

目に見えないものを信じるのが信仰(ヘブル11:1)
聖書を神様のことばとして信じるのが信仰(Ⅱテモテ3:16)


イエスは彼らを残して去って行かれた(4節)
→ ユダヤ人が捨てられたこと示す


5~12節 パン種に対する警告

パン種は間違った教え
→ パン種は内部に広がり腐敗させる

パリサイ人のパン種・・儀式主義と言い伝え。偽善

サドカイ人のパン種・・理性主義、合理主義。御使いや死後を信じない。


弟子たちはパン種の教えを間違って理解した
→ 食料のために指導者のところに行ってはならないと思った

パンの奇跡を経験しながら霊的な意味を理解出来ていない
→ みことばから霊的な意味を悟れない。


13~20節 ペテロの信仰告白

イエス様に対する人々の評価
→ 預言者だが、神の子ではない

弟子たちを代表してペテロが信仰告白をする
→ 生ける神の御子キリストです。

イエス様の答え
①神の御子を信じることが出来たのは神様の力による
②信仰の告白(イエスは御子キリスト)の上に教会を建設する
③ペテロに天の御国のかぎを与える
→ 福音伝道の権威

※イエス様が建設するのは、からだなる教会(普遍的教会)
クリスチャンが建設するのは、地域教会(18章)


21~23節 十字架と死と復活の預言

弟子たちがイエス様をキリストとして受け入れていたので、十字架と復活を教えた。

ペテロは憤慨して抗議した。
→ 間違った愛情

イエス様の叱責「下がれ。サタン」
→ 神様の贖いの計画を邪魔することを言った。


24~28節 主に従う者への訓戒

自分を捨てる
→ 自分の考えを捨ててイエス様に明け渡し権利を主張しない

※みことばに服従すること

キリストについて行く
→ キリストを模範として生きる

自分の十字架を背負わなければならない
→ キリストと同じように信仰の苦難を受ける

※十字架を背負うことは自分の罪の苦難を受けることではない。
罪による苦難はイエス様が十字架で負ってくれた。


まことのいのちを得るために
①自分を救おうとしない
②富を得ようとしない


主の再臨の時には報いがある


弟子たちの中に御国を見る者たちがいる
→ 17章1~13節の変貌の山の出来事