関西の音楽活動グループConceptusです。

8月の2回に渡る「フィガロ」を目の前に、

その作品解説を掲載致します。


展開する貴族階級の恋






いつもしつこく、「セヴィリア」「フィガロ」「罪ある母

という三部作は、フィガロの話じゃない、

と申し立てているわけですが、要するに、

この三部作はある貴族の家の結婚生活物語なのです。

ベルサイユのばら」がそうであったように、

そこには当時の貴族の結婚とはどういうものか、

ということが描かれているわけです。

その原型がこの三部作に見て取れます、

特に「フィガロの結婚」に。


それは貴族の夫婦と、間男という三角関係が根本になるのですが、

同じく貴族であるケルビーノ(本名レオン・ダストルガ

という男を、夫であるアルマヴィーヴァ伯爵の小姓として

行儀見習いのために預かることで、悲劇の幕が開きます。

この悲劇の幕開けを喜劇の枠の中に押し込めて描いたのが、

原作者ボーマルシェ、台本作家ダ・ポンテ

そして作曲家モーツァルトという三人の作者達です。


フィガロの結婚」の段階では、この間男問題は

サブストーリーのような位置に追いやられています。

焦点となるのは、伯爵が結婚した折、妻ロジーナへの愛の証として、

「初夜権」というものを領内から撤廃したにも関わらず、


2年ほどたった今、その権利を復活し、

下僕の新妻を抱きたいと考えていることです。

それを下僕のフィガロ、夫人ロジーナ

そして新妻であり夫人の小間使いであるスザンナが協力して阻止し、

無事に結婚しようとすることがメインの筋立てとなるのです。


貴族の権力と「初夜権」


「初夜権」とはなんでしょうか。

それは一種の「結婚税」で、

元々は教会が信者の家から結婚する者が出た場合、

税金を納めさせたのが始まりです。

これが俗人たる領主たちによって応用されたらどうなるかですが、

「税金払え。払えないなら新婦の体で払え。」

という話になるわけです。


ところで「フィガロの結婚」はいつの話なのでしょう?

次作「罪ある母」は明確に1790年パリと書かれており、

セリフに書かれたそれまでの経緯から逆算していくと、

一番近くて1767年で、最大1765年くらいでしょう。

その頃のスペインでの貴族の立ち位置が

どんなものであったかというと、

啓蒙君主カルロス3世の治世で教会勢力は弱まり、

しかしながら王権神授説も同時に揺らぎ、

そこから後の革命に向けて世の中は転がっていく、

まさに転機となる時期でしたから、

そろそろ貴族は横暴でも安泰というわけには

いかなくなってきていただろうと思われます。

そんな頃合いに「初夜権」の復活など、

愚挙としか思えないものがあり、

伯爵がそう賢い人間でないことは推察されるところです。