諏訪敦 眼窩裏の火事

府中市美術館

2022年12月17日(土)


 

諏訪敦は、日本の超写実絵画の旗手と言って良い存在です。しかし、まだ世間の知名度、評価が足りないと思います。技法の特性上、作品を多く制作するのが難しく人の目に触れる機会が少ないのが原因でしょうか。

 

超写実絵画というカテゴリーも、写真もスマホもある現代になぜ超写実なのか不思議に思う方もいるでしょう。

 

今回の個展は解説も丁寧でわかりすい展示となっていますので、初見の方でも入りやすいと思います。

 

ところで「眼窩裏の火事」とはどういう意味でしょう?

 

 

  第1章 棄民

 

諏訪敦の作品には、静けさと死の匂いがあります。そしてそれを強く印象づけるシリーズがあります。

 

父を描いた<father>シリーズ。

 

祖母を描いた<棄民>シリーズ。

 

依頼ではなく、自らの意思で描いた作品です。そして制作のキッカケは肉親の死です。

 

亡き人の人生を偲ぶ時、その人が一番元気だった頃、輝いていた頃の姿を思い描くのが常識的な気がします。

 

しかし画家の中には肉親が死んだ時、亡き骸を絵に描く者がいます。描くことでしか感情を表現できない、描くモチーフとしてしか見ることができない、そもそも描くこと以外何もできない。

 

第一章のタイトル「棄民」とは国家に見捨てられた国民のことです。国家の最大の使命は国民の生命財産を守ること。しかし、国民を守ることを国家が放棄することがあります。例えば敗戦です。

 

諏訪敦の父は幼少期に家族と共に第二次大戦の末期1945年に満州に渡っていました。まもなく戦況は悪化、同8月ソ連侵攻。家族は哈爾濱(ハルビン)の難民収容所に留め置かれます。ここで祖母と叔父が栄養失調と発疹チフスにより病没。この事実を亡くなった父の手記から知った諏訪は会ったことのない祖母の姿を描くことにします。

 

膨大な資料を調査し、現地にも足を運び準備を進めるものの当時の詳しい様子はなかなかわからない。そこで諏訪がとった制作方法とは、祖母と同じくらいの体格の若い女性モデルを、段階的に老化、病気にさせて描き、そして亡骸を描くというものでした。

 

1-16 HARBIN 1945 WINTER

 

雪原に横たわる痩せ細った裸の老いた姿、それが完成作品です。髪の毛の一本一本、皮膚の皺、肌のシミまでも描き込んでおり時間が止まったような静けさがあります。

 

生きている者しか死ぬことはできない。祖父母の人生の最期を描くために、生きている姿から入る必要があった。それが諏訪敦の描き方だということです。

 

誤解を恐れずに言えば、絵の中で人を死なせたことなります。絵の中で祖父母の人生を追体験する、祖父母の死を体験する、そこまでしなければリアルな絵画には到達しない。

 

こうして祖母の絵を完成させた後に、モデルの女性の今の若々しい姿を改めて描いています。若い女性を老けて描いたことに対するお詫びの作品ともいえますが、やはり絵の中であっても人の死という生々しい体験を打ち消す意味もあったのではないでしょうか。

 

 

  第2章 静物画について

 

コロナ禍で人との接触もままならなくなった期間、諏訪は静物画に取り組みます。西洋美術の写実的な静物画を研究して描いたものです。 ヴァニタスやボテゴンもあれば、高橋由一の豆腐にアイデアを得たものもあります。

 

この中に展覧会名「眼窩裏の火事」と同じ名前の作品があります。

 

2-14 眼窩裏の火事

 

テーブルの上のガラス食器を描いた静物画です。食器の周りには燃えるように輝く光が描かれています。私は超写実絵画の表現上の工夫と思っていたのですがそれではありませんでした。

 

諏訪は「閃輝暗点」という持病を持っています。閃輝暗点とは、突然視野の中に稲妻のようなギザギザの光の波が現れて、徐々に四方に広がり、その場所が暗くはっきり見えなくなる現象です。描く対象を注視し過ぎると症状が出ることがあるそうです。

 

カンヴァスに描いたこの光のようなものは、空想の産物や、模様ではなく、本人には見えている光、本人にしか見えない光。眼の中、眼球の裏、眼窩の裏、網膜にだけ生じる光。対象に執拗に迫る画家の執念が顕在化したような、作中の対象を燃やす火事のようなもの。

 

まさに諏訪敦自身を示すタイトルなのです。

 

 

  第3章 わたしたちはふたたびであう

 

この章は人物画です。

 

接近して見ても筆の跡がわからないほどの解像度の高さに驚かされます。このように髪の毛一本一本まで緻密に描くには同じ密度の情報が必要となります。

 

そのため多くの資料を集めるので時間がかかります。そして超写実は描き始めてからも時間がかかる。また、時が経てば依頼主が成長もすれば老いもするし変化します。対象が変化すれば加筆や変更が生じ、さらに時間がかかる。時には制作が長引いて依頼主が亡くなってしまうこともあるそうです。

 

この中に異質な作品があります。舞踏家大野一雄を描いたシリーズです。依頼されて制作する健康的な肖像画と一線を画し、舞踏家とはいえ老いが隠せない肉体、晩年のベッドに横たわる姿など、<father>や<棄民>に通ずるものがあり、本当に関心のある方向性はこちらではないかと思えます。

 

3-21 Mimesis

 

これはこの展覧会のポスターにもなっているパフォーマー川口隆夫を描いた作品です。踊る川口の姿を多重写真のような表現で描いています。

 

川口は諏訪が何点も絵を描いた舞踏家大野一雄に触発されてパフォーマンスを行っていて、それが諏訪の創作意欲をかき立てのです。

 

川口隆夫の姿を通して大野一雄を描く。この構造はこれまでの描き方と違うように見えます。

 

肖像画は対象を知ること、見ること無くして描くことはできません。しかしコロナ禍に入りモデルに会うこともできない状況で制作を進めるうちに、「描き続ける限り、その人が立ち去ることはない」という確信に似た感覚を持つようになったといいます。

 

これは今まで外にあった対象のイメージが自分の内に移ったと考えられます。そして生まれたのがこの作品です。これを写実と呼べるでしょうか。

 

超写実とはある意味で表現の呪縛です。見えるものから離れることはできません。逆にそれを極めることが表現の力強さ、わかりやすさに昇華する世界です。しかし人間はカメラでもスマホでもありませんから、ただ機械的に景色を再現しているわけではありません。

 

コロナ禍による制作環境の変化、アーティストとの出会いなどが重なり、技巧の裏側に潜んでいた衝動が表側に現れた、ということではないでしょうか。

 

この作品は超写実から一歩踏み出して新たなスタイルに進む転換点になるかもしれない。そんなことを感じました。今後のさらなる活躍が楽しみです。



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