クリスチャン・マークレー
トランスレーティング[翻訳する]
東京都現代美術館
2022年2月1日(火)
クリスチャン・マークレーは音を扱うアーティスト。音楽において前衛的で実験的な作品を発表してきた先駆者です。
どの作品も要素と構造が整理されているので、難解ではなく、楽しく分かりやすいと思ったのですがどうでしょうか。
最初の展示室の2点の作品で構成されたインスタレーションがとても良かったです。
1 リサイクル工場のためのプロジェクト
2 ミクスト・レビューズ
長方形の展示室に2つの作品を配したインスタレーション。一方の作品(1)は日本のパソコンのリサイクル工場の映像と平面作品を組み合わせた作品。
映像は3ヶ所で流されています。
床に円形に配置されたモニター12台。
リサイクル工場でパソコンを解体する映像を色をグリーンに変換して流しています。
もう一方に台車に載せられたモニター2台。
細かく粉砕された金属片がカラカラと落ちて積もっていく映像。
部屋を囲むように壁には平面の作品が何ヶ所かに掛けられています。これはリサイクルに関する画像や資料をコピー機を活用して何度も複写することで作り出した作品。そのうちの1ヶ所に開いたノートPC2台が縦に掛けられています。PCの画面にはノートPCの解体の映像を流しています。
映像には工場の音も含まれています。同時に再生されるいくつもの映像からは、人が解体する作業の音、一定のリズムを刻む機械の音、移動するものの音などが混ざり合い、時に音楽的にも感じられます。
もう一方の作品(2)は文章です。散文でしょうか。壁に水平に1行で書かれていて部屋をちょうどぐるりと一周して終わる長さです。これはクリスチャン・マークレーが音楽に関する批評などから言葉をサンプリングして文章にまとめたものです。海外の美術館で作品展示するたびに現地の言葉に翻訳するという作業を繰り返し、この展覧会のために日本語に翻訳されました。内容は何某かの音楽についての感想、考察のようなものです。
(1)の平面作品と(2)の文章が交差するようにレイアウトされ展示室全体が工場の雰囲気を醸し出した音楽的インスタレーションというべきものになり、2つの作品が混ざり合うことで、物質のリサイクルの音が音楽のようなものとして聴こえてきます。
展示会のタイトルの通り、クリスチャン・マークレーは「トランスレーティング」つまり「変換」をテーマにしたアーティストです。日本語では「翻訳」としていますが言語間という同質のものの間で使われる「翻訳」より、異質なものの間でも使える「変換」の方がしっくりきます。
リサイクルとは変換そのものです。
言語の翻訳も変換です。
コピー機も変換する機械です。
ノートPC、モニターは単なる送り出し機器ではなくリサイクル前の形態で、リサイクル工場での変換があり、映像化があり、音楽化がある。
製品 → 解体 → 音 → 音楽
変換というプロセスを示すことで、変換前・変換後の姿を想像させる、変換する回数は一回とは限らないので複数のイメージが積み重ねられていきます。
いくつものプロセスを開示することで、視覚イメージだけでは伝えきれない何層ものイメージを見るものに届けます。最終的に作品は見るものの心の中で完成します。例えば
音 → 言葉 → 絵
英語 → 日本語 → ・・・
デザイン → 音符 → 楽譜 → 音楽
見る側の想像力 → 創造力 も試されますが、変換というセオリーがあるので、無重力空間に投げ出されるのとは違い、手掛かりはあります。
他の作品も見ていきましょう。
3 レコード・プレーヤーズ
レコードは溝に針を落として音声を再生するメディアです。これを叩いたり、曲げたり、壊したりして音を出すという作品というかパフォーマンスです。レコードの持つ固有の音は記録された音声のみではない。音声の生の発生源としてレコードを使います。記録された音楽 → 素材そのものの音。これは初期の作品で、このくらいのアイデアであれば考える人はいたかもしれません。
昔、所ジョージの深夜のラジオ番組で「レコード叩き」というリスナー参加のクイズコーナーがありまして、レコードを叩いた音でその曲名を当てるという企画がありました。曲名を当てることはほぼ不可能(1回だけ奇跡的に当たったことがあったような記憶が、、。)ですが、そのレコードも固有の音が物理的にはしていたはず。
アートにおいてコンセプチュアルなアイデアが広く認知、理解されるには、現実に地道な積み重ねが必要です。クリスチャン・マークレーはあらゆる音を、変換という視点で見直し、制作プロセスも見直して、多彩な表現、作品を作り出していきます。
11 シャッフル
クリスチャン・マークレーが旅行中に自身で撮影した音符の写真75点をカードのスコアにしたもの。この音符は街中で商品や看板、ポスターなどに描かれているもので元々実際に演奏に使う譜面ではありません。これを演奏されることのない埋もれた音楽と捉えて、発掘、パッケージ化しました。カードは順番を変えられるので組み合わせで無数の音楽を奏でることができます。
実際に演奏してもまともな音楽にはならないことは想像できますが、身の回り眠れる音たちが溢れていると考えると不思議な感じがしてきます。
14 アクションズ
一枚のカンヴァスを用意し様々な方法で絵の具を塗りつけます。様々な方法とは漫画にあるオノマトペに従って絵の具をこぼしたり、垂らしたり、擦ったりする、いわゆるアクションペインティングというものです。そして描いた絵に、描いた手法のオノマトペとイラストを描き重ねています。漫画→アクション→絵画と変換により作り出した作品に、制作プロセスを被せます。この手順を知ってこの作品を見ると、消え失せてしまったアクションが絵の奥に垣間見えてきます。
19 サラウンド・サウンズ
四角い展示室の壁四面をスクリーンにして360度映像を投影するインスタレーション。映像はコミックに使われたオノマトペを切り出して、その意味するイメージをアニメーションで表現しています。例えば「SLAM(ピシャリ)」はたたきつけられるように、「POP(ポン)」ははじけるように動きます。音はもちろんついていません。
表現しているのは音なのに音は使わない。視覚的な表現を観る物が変換して頭の中で音のイメージを再現することになります。
クリスチャン・マークレーの作品は、最終的には見るもの自身で作品を変換してイメージを撮像させるものです。
私は、常々
アートは観る者が自身の心の中で完成させる
と考えています。
この展覧会は心の中の制作作業が必要です。
考えないで身を任せているだけではつまらない、そんなポジティブな気持ちで望めたら楽しめると思います。
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