http://archive.j-mediaarts.jp/festival/2020/art/works/ir_reverent_Miracles_on_Demand/


第23回 文化庁メディア芸術祭  アート部門  大賞

[ir] revent: Miracle on Demand

Adam W. BROWN


今年のアート部門の大賞はアメリカのアーティストでした。正直なところ、この作品が選ばれたのは意外でした。今回はその理由を詳しく記すことにします。


始めはタイトル「[ir] revent: Miracle on Demand 」の説明から。


[ir]  ? 

・reverent   敬虔な。

・Miracle   奇跡。奇蹟。ここではキリスト教の歴史における奇跡のこと。

・on Demand  ビデオ・オン・デマンドの「on Demand」です。いつでも望めば手に入る、発注すればすぐ手に入る、という意味。


「敬虔なもの。いつでも望めば手に入るキリスト教の奇跡。」と、なります。つまり、キリスト教の奇跡をテーマにした作品ということです。


では、どんな作品なのでしょうか。

これは科学の実験装置です。


インキュベーター(温度などの成長に必要な条件を一定に保つ機器)の中に薄いパンを入れます。そのパンに血液に似た粘性のある液体を生成する微生物を含む培養液を滴下。やがてパンは微生物の生成した粘性の赤い液体に染まるという仕組みです。


この実験の装置の外観、デザインは中世カトリックの聖体顕示台をイメージしています。聖体顕示台とはその名の通り、聖体(パンの一種、キリストが食しその肉体となったパンとして儀式に使うもの。)を顕示する(見せる)台です。時代、地域により形は様々ですが、聖体を入れる球体のガラスに太陽の光を模した放射状の装飾が施された自立する祭具が広く使われています。

この作品も上部に目のような透明な容器があり、その中にキリストの名前を象徴する「PX」の刻印を施した薄いパンを、聖体に見立てて配置しています。そのパンに滴下された微生物が赤い血のような液体を「出血」させます。

  

まとめると、この作品はキリスト教の血にまつわる奇跡を科学的に再現する実験装置ということになります。


私がキリスト教の血にまつわる奇跡で思い浮かべるのはマリア像が血の涙を流したと言うニュースです。世界中で報告されたこの現象は、人為的なトリックか、自然現象の悪戯だったと聞きました。この自然現象のひとつが、血のような液体を生成する微生物が原因という話で、まさにこの作品に使われているものです。


しかし像の表面と、パンでは条件が違いますから、この作品がマリア像の一件を揶揄しているとは正確には言えない。ではパンから血が流れたという奇跡があったのか?

調べましたが残念ながら見つかりませんでした。


特定の事件を指している訳ではなく、ひとつの可能性の提示しているだけと言うことでしょうか。


実際、受賞者のコメントも神の奇跡などイカサマだと主張してはおらず、カトリックの歴史の中で、神の奇跡とされる出来事に自然現象だったものがあり、微生物が神と同じ影響を人間に与えていた可能性があると示唆する程度に留まっています。この作品ひとつで数多ある奇跡全てを否定できる訳もないので、作者は科学的に正しい態度をとっています。


そこはアートなのだから、ばっさり権威を叩き切る作品にしてほしいというのは勝手な外野の意見でしょうか。逆に権威に歯向かう感じでないところが、キリスト教の影響下に生きる人間のリアルなナイーブさとも見え、ある意味このテーマを扱う重さも感じます。


ここまで記した通り、この作品の背景、前提となるのはキリスト教です。世界的宗教を扱う作品は、単なる物理的、感覚的なテーマを扱うメディアアートより、スケール感がありますから大賞らしいとも言えますが、ここは日本です。


実際、日本人の私にとっては正直、へぇー、そう、位のことでしかない。アートや芸術は西洋から、ギリシア、キリスト教、ルネッサンス、近代、現代というのが主流というのは、わかっていますが、現代の日本の賞でキリスト教の奇跡と言われても、、。もちろん他の作品との相対的な評価の差があっただけかもしれません。


私は、根本的にまったく信じていないキリスト教を描いた作品を見る時、時に拭い難い違和感や醒めた感覚が生じることがあります。大賞と聞いてそのスイッチが入り、それだけのことを述べるためこんな長々と文章を書きました。


とはいえ、これは私にとってアートを見る時とても重要なことなのです。今後のコラムに幾度も書くでしょう。今回が記念すべき第一回です。またカタチを変えて書く時がありますので、これからもよろしくお願いします。