今日は、精神科医でもある彼女の命日である。

やはり、彼女の命日をブログの題材にするあたりから、オイラはかなりの変わり者だ。自覚している。



オイラは、彼女の文献に出会う以前から、変わり者だ。



読書は幼少の頃から嫌いでは無かった。
中学生の前半では、図書室に入り浸りドクトルまんぼうはほとんど読んだが記憶に無い。その後高校生の前期にかけて、双書でフロイトやユングに出会い心理学に一時期傾倒するが、この時期にエリザベス・キュープラー=ロスと出会う。しかしほどなく陰の不良となりブランクができるが、高校三年の謹慎騒ぎまでは何と無く心理学への傾倒が残り第一志望の大学は隣県の私大心理学部だった。



高校三年のトラブル回避のため、志望を関東の大学に変更し、入学するのだが、ほとんど講義には出席せず、同好会にうつつを抜かしていた。



そんな中、たまたま出席せざるを得なかった社会学の講義で、エリザベス・キュープラー=ロスの名前と再会する。
この社会学の講義の前に、仏教学の講義に出席せざるを得なかったのも何かの縁だと思う。



社会学の講義では、受容が一連のテーマで教授が淡々と喋るだけだが、その一説の流れで彼女の文献『死ぬ瞬間』と死の受容について触れていた。ただ、教授は彼女のこと自体はカルト的な評価の側だったのか、紹介程度で、この日は終わる。その後間も無くオイラの大学生活も終わる。



更に数年を経て、役所に奉職するに至り、生活保護や地元病院の精神科などを所管担当した時期に大きく彼女に傾倒し、文献『死ぬ瞬間』を貪るように読んだ。仕事がらバイスティックも読まざるを得ず、『七つの原則』も承知していた。また当時流行り始めた『インフォームド・チョイス』や『インフォームド・コンセント』も早々に実践していた。当時としてはまだ珍しく草創期の『患者の権利宣言』にも関わった。



この年齢になり、この病を抱え込み、忘れていたモノを思い出した気がする。



カルト的な表現なら、現世での因果応報とでも言うのだろうか?



もっと早く彼女のコトを思い出していたのなら、闘病生活も変わっていたのかも知れない。



オイラの書棚の片隅に眠る一冊の本と、ネットから拾ったブログネタにお付き合いいただきありがとうございました。



やんちゃオヤジがぶれずにヤンチャを続けられる本質の一部だね。


オイラって、やっぱり強いんかね?


まだまだやりたいコトがたくさんあるし、でも、カラダもココロもこれひとつッキリだし、ひとつッキリに流れる時間もひとつッキリ。この流れを漕ぎ続ける。でも今彼女の文献を開く勇気は、、、残念ながら無い。


このブログにお越しの各位には、彼女をご存じ無い方には彼女を知っては欲しいが、その文献を開くコトはオススメしません。彼女の経歴を良く良くご理解いただき、彼女と向き合う気持ちを整えてからお進み下さい。