オイラが長い治療に入る直前まで、月に2回くらいのペースで講義や講演を行っていた。
 聴講者の多くは一般の市民で半数以上はいわゆるビギナーだった。
 何を講義していたかというと、看護・介護の分野の入門で、法制度や対人援助、ヒトや人間やコミュニティーについてだった。
 時々で、テーマが変わるが、それなりに工夫をし、楽しくわかりやすく、人気は高かったと自負していた。
 特に経験談を交えた「ノーマライゼーション」や「成長と老化」はビギナー向けで好評だったと聞いている。


 さて自分のことである。

 一部の不幸な例外を除き、ヒトは生を授かりこの世に生まれいでると、母親から栄養を、また多くの年長者から愛情を注がれる。やがて子供は成長し、その過程で学習したり経験しさまざまなことを身に付けていく。また、友人や仲間を増やし、時には離れる。やがて異性に出会い、夫婦となり家族を得て、新しい命を授かる。
 ヒトの一生の前半は何かしら得ることが多い。年齢も長けて成熟してくると、得るものと失うものが拮抗してくる。祖父母との死別や健康の減退を経験し、やがて自らも老いていく。
 ヒトの一生の後半は、失うものばかりになり、終末を迎えてヒトによっては天に召されたり極楽浄土に旅立つ。一部の愚者は死してなお別の神仏の責めを受けるらしい。
 悔やむものではない。それを多くの先人は承知していて、時に引退や世代交代として潔くしかも上手に代替わりしてきた。


 オイラのことである。
 まだまだ欲もあるが、そろそろターニングポイントに至ったようだ。思考からして自覚してきた。


 続きはいつか

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