私たちは先程の駐車場から卯辰山をぐるりと回る道路を行き、反対側の中腹にある菖蒲園へと移動した。菖蒲の葉は伸び始めたばかりの様で、ひらべったい葉が一株の中で寒さに耐えるかのように寄りそう姿が目に入った。
その脇を行く道先には石の鳥居とが見え、下には人に忘れられてかの様に苔生した石段が静かに人の訪れを待っていた。ゆっくりと登れるように作られた幅広い段差に安心したのか、視線は両脇へ向かい樹齢を感じさせる大きな木と笹ヤブが見える。
石段の途中には曲がり角があり、その脇には小さな祠(ほこら)があった。囲むように咲く白いたんぽぽが春の陽を受け、満開の笑顔で咲いいる。そこからは市内を一望でき、日本海に沈む太陽を海岸から眺めるも良いが、ここから眺める夕陽には人の日常が照らされ、日暮れと共に灯るネオンが人恋しく感じられるのでないだろうか。
さて肝心の神社はと言うとこの奥にあり、思うより長い石段を登りきった先には卯辰天満宮、豊国神社、愛宕神社の「卯辰三社」が祀られている。
その中で一際大きく立っているのが卯辰天満宮だ。
脇に立つ案内坂を読んだところ、この地は越後の上杉謙信が能登の七尾を攻めたとき陣を置いた場所と書かれていた。私は思わぬ武将の名を見て驚いてしまったが、考えてみれば市内が一望できるこの場所は陣を引くのに適しているのが解かる。
戦国の世で名を馳せた上杉謙信も京都に上るには、この地を通らねばならず、信仰厚い一向宗が納める地を平定するのに苦労した事を思い出す。
また五木寛之氏は小説『朱鷺の墓』で金沢を舞台にした小説を書いており、この石段から風景を眺めながら得たひらめきをもとに書いたと言われている。
街の喧騒も聞こえない静かな森の中では、風の音は波と重なり、澄んだ心の中に浮かんだ人々の息遣いを感じるのではないだろうか。

