アマゾンに注文していたものを取りに配送BOXへ

 

 

「カフェーの帰り道」は、大正~昭和期、上野のとあるカフェーで働く女給さんら数人の人生模様を描いた直木賞受賞作。たいして読書家でもない大竹まことが、ラジオ番組の中で「あと数ページで各エピソードが終了という頃になると、(えっ、もう終わっちゃうの? もっと続きが読みたい!)という気持ちにさせられるくらい面白い」と話していたので。

 

 

CDはリヒテルの。

次の聴き比べをラフマニノフのP.C.2番にするかチャイコフスキーの1番にするか迷っていたので、両方入っているのは好都合(他のピアニストので、この2曲が収録されているのがあれば、この後それを購入していきたい)。

さっそく聴いてみたのだが、ラフマニノフとチャイコフスキーで聴いた感じ(録音状態?)が違いすぎる。でAIに下のように訊いてみた。

 

リヒテルのピアノ協奏曲2曲(ラフマニノフ2番とチャイコフスキー1番)が入ったCDを聴いたのですが、1959に録音された前者は聞き取りづらく、オーケストラの音に、ピアノのメロディーが紛れてしまっているように感じたのに対し、1962に録音された後者は非常にクリアーに聴けました。この両者の数年の間に録音技術が大きく進歩したということはありますか?

 

回答

 

  • 音の違いの主な要因(技術以外も含む)

  • 会場の響きとマイク配置: ワルシャワのホールは1950年代再建後で、響きがオーケストラを埋もれやすくする特性があった可能性があります。一方、ウィーン・ムジークフェラインは古典的な優れた音響で、ピアノとオーケストラの分離が良いことで知られます。1959年は多マイク使用がまだ試行錯誤中だったのに対し、1962年はより洗練された配置になっていたでしょう。

    baltimoresun.com

  • エンジニアと制作: 1959年はHans Weberら、1962年はOtto Ernst WohlertやGünter Hermannsら。会場が変わればチームや機材の扱い方も異なります。カラヤンとのセッションは特に丁寧だった可能性が高いです。
  • 全体的な傾向: クラシック録音では1950年代後半〜1960年代初頭にステレオ技術が急速に成熟し、1960年代中盤〜70年代に「黄金期」とされるクリアで自然な録音が増えました。あなたの印象は典型的です。

CDのリマスター版では、現代のデジタル処理で1959年の録音もかなり改善されている場合がありますが、オリジナル・テープの特性(会場響きなど)は残ります。もし可能なら、別のリマスターや高解像度版を比較してみてください。技術進歩は確かにありましたが、会場と制作の違いがより直接的な理由だと思います。楽しんで聴き比べてみてください!

 

 

(↑実際はもっと長い説明なのだが、どうやらその一部がアメーバの検閲にひっかかっているらしく、記事がアップできないので、やむを得ず前半部をカットした)

 

 

そこまでマニアックな説明は要らないが、リヒテルのせいでもワルシャワ・フィルハーモニーのせいでもないことは分かった😆 後者の演奏は素晴らしい。車中でまたこんなになってしまった😆(「顔」は違う)

 

 

外から見る人がいたら、(アタ〇カ?)と思われそう😆

 

 

スーパーにておやつ調達。

 

 

話が前後するが、一度家に戻ってCDをUSBメモリに移したのである。ニャンコは珍しく1階にいて、迎えにも出てこない。

 

 

USBメモリに移し替えて、再度出かけ、「定位置」で楽しんだのだ。

 

 

二度目の帰宅時。ニャンコは2階の窓から覗いていないかな?

 

 

見えないな・・・

 

 

今回も1階にいた。床に転がり、私の脚にじゃれついてくる。

 

 

ついてきて、「遊んでくれよ~」と。

実は今朝方4時頃にも「遊んでくれ」の猛攻撃を受け、眠れなかったのだ💦

 

 

午後は奥さんが(運動不足解消のためもあって)徒歩で郵便局へ行きたいというので

私は自転車でお供することに(あっ、こんなこと書くと、またあのshit爺さんが嫉妬に狂って悪口を言ってくる😱)。

久しぶりに乗ったママチャリはカゴにクモが巣を張っていたが

小さすぎて写真だとよく見えない。