(このN森教室長の人柄が好きだったので、退職してからも幾度となく私は、彼の勤める教室へお邪魔して、ビールのつまみに昔話の花を咲かせたものだが、
そんな折に彼が「この時のこと」を思い出し
「この会社の仕事をしていて、あの時ほど冷や汗が出たことはない」
と述懐したことがある)。
ヤバイ話を私から聞き出してしまい、悩んだ彼はこの件を上司であるブロック長(十数教室を統括する)に相談したのだが
このブロック長も困ってしまった(塾生が塾生を妊娠させたとあっては、企業イメージに響くという懸念)らしく
「とにかくもう少し様子をみよう」
とN森に指示。 その時N森は内心
(そんな悠長なことをしてて、もしも中絶できない段階まできちゃったらどーすんだよー!)
と思ったのだそうだ。
私は私で、妊娠を親や教師に知られたM子が、「相手は誰だ!?」と追及された場合、苦し紛れに、「conbour先生」などと言い出しはしないかと心配になってきた。M子は
もともと虚言癖があり、いかにもそういうことをやらかしそうなところのある子なのだ。そうなったら、彼女がいつも私にまとわりついているのは皆が知っているだけに、信じる者も多くいるだろうと思うと、気が気ではない。
しかし結果、二週間後くらいだったろうか、M子はあっけらかんとした顔でやってきて、
「生理来たー♪」
と報告したのだ。
(くっ・・・人騒がせなっ!!!)
と思いつつも、その時点ではまだ完全に安堵しきれなかったのは、虚言癖のあるM子が、我々から「親に話せ」とプレッシャーをかけられるのが嫌さに、その場しのぎの嘘をついている、という可能性も捨てきれなかったからだ。
ずーっと後になって、(すでに退職している)私が例によってN森氏と飲んでいた時、彼がふと、こんなことを言い出した。
「もしかしたら、アレ、なにもかもM子の『妄想』だったんじゃないか、って思うことがある・・・」
いや、もちろん「妊娠」はM子の妄想・思い込みだったわけだが、N森が言っているのはそのことではなかった。彼は、「そもそも『F本と付き合っている』ということ自体が、年頃の少女M子の妄想だったのではないか」と言うのだ。
「だってさァ、あのF本とM子だよ。あり得ないって思わないか?」
「うっ・・・」
そうなのだ。それはすごく説得力がある。M子には悪いが、(イケメンで、付き合う女子など選り取り見取りであろう)F本が、何を好きこのんでM子と・・・それは最初から疑問だったのだ。
そう考えると、手紙を渡した時の彼のあの迷惑そうな反応も、それにそもそもなぜM子が自分で渡さずに私に頼んだのかという疑問も、ジグソーパズルのピースがピッタリ収まるように解決する・・・えっ、マジか? 映画館で胸を揉まれたとかいうあれも、そういう関係を持った後で生理が止まってしまったとかいうあれも、もしかして何もかもが思春期の少女の妄想・白日夢だったのだろうか・・・。
真相は闇の中だ。 ちなみにこの妊娠騒動に焦点を当てて書いたせいで霞んでしまったが、不良のM子が私のもとで猛勉強し、こちらが驚嘆するくらい学力をつけたのは紛れもない事実である。彼女は某県立高校を(「特別選抜」とかいう)一般試験より前に英数国三教科で行われる一種の推薦入試制度を利用して受けたのだが、試験当日の午後、「採点してー」と持ってきた(自分の答をメモしてある)問題用紙を、塾側が正式に出す模範解答よりも前に私が採点してやると、なんと驚いたことに(難易度の高い高校ではないとはいえ)300点満点だったのだ、あの無知蒙昧だったM子が・・・。
合格発表後M子が、「学校で書いた。後で読んでー」と言って持ってきた私宛ての手紙は、家で読んでいて少しウルッときた(しかし私への感謝の手紙のはずなのに途中からF本との思い出話に変わってしまうという・・・)
M子とは彼女が高校に入学した後も少しだけ関わりがあったが、そこはたいして面白いエピソードもないので、彼女の話はこれでラストにしたい。(「どうしよう生理が来ない」終わり)