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ホラ吹きさんたちのホラをネタにして笑う | conbour2号のブログ

 

 

満天ポタトとそのお仲間が

けったいなことに(「けったいな」って、こういうニュアンスで使うんだと思っているのだが、違うかな?)、私conbourが「(実際には)車を(そして運転免許も)持っていないのに持っているフリをしている」のだと必死になって力説しているようなのだが、彼らにとって「車」ってそんなに「持ってる」or「持ってない」ことが重要なことなのだろうか?

公共交通機関が不足している田舎ならともかくとして、都市部では自家用車の所有は必須ではなく、その所有・非所有はむしろ「ライフスタイルの選択」の問題にすぎないのだと思うのだが。

しかるに彼らにとって、自分の「敵」が車を持っている(程度の)ことが「許せない」「認めたくない」ということであるとするなら、それはほかでもない、彼らが車を「持たない」のではなく「持てない」――そういう経済事情にあり、そこから来る嫉妬心によるものではないかと、そう考えざるを得ない。

 

そこまで考えてみて思い出した。

この満天ポタトとそのお仲間が以前、ブロ友のTさんをさかんに誹謗中傷していたおり、彼らはTさんに関し、「(実際には)奥さんがいない(独身な)のに、奥さんがいるフリをしている」などという虚偽の主張を繰り返していたのだった。

これもまた車のケースと同じだ。「結婚している」「結婚していない」は多くの場合、「ライフスタイルの選択」の問題であって、一概にどちらがよいと言えるものでもなく、「既婚」が「能力」や「ステイタス」の度合いを示すものでないことは、(突然こんなことの例として持ち出してしまって申し訳ないが)あの「タマちゃん」が既婚者であったことからも明らかだ【(笑)はこういう時に付けるものなのだよ、ポタト爺ちゃん】。

であるにも関わらず、彼らが(彼らにとって)「敵」であるTさんに配偶者がいるという事実を必死にこだわって否定しつづけていたのは、やはり彼らが「(自由意志で)結婚しない」のではなく「結婚できない」状況であるからこそなのであろう(そりゃあ「できない」わな、アレでは)。

 

なんともお気の毒なことである・・・😔