本日、ハロウィンの花嫁2回目見てきました。1回目とかなり見方が変わったので、「2回見ての感想」をブログに書きたいと思います。


以下の4つに言及しました。

1. ハロウィンの花嫁は倒叙ミステリー!

2. 映画のわかりにくさについて

3. プラーミャの動機について

4. 補足


1. ハロウィンの花嫁は倒叙ミステリー!

まず、「犯人候補が少な過ぎて犯人がわかった時の驚きが少ない。これは最近の映画の悪い傾向だ。」と初見感想ブログで書きました。

確かに、「最近の映画の悪い傾向である」事は事実だと思うんですが、「ハロウィンの花嫁」がその傾向を解消できていないという表現は正しくないとわかりました。

というのも今回の映画…「犯人誰でしょう」をやるミステリーではなく倒叙ミステリーに近いミステリーだと見るべきではないかと思うのです。

倒叙ミステリーというのは、犯人をあらかじめ提示する事で、「犯人がわかった時の驚き」というミステリーの重要な要素を犠牲にする一方で、犯人目線の視点から事件を描く事で話に深みを持たせるという、ある種のハイリスクハイリターンみたいなものだと捉えられます。

ハロ嫁について、色んな感想を見ている感じ、リシャールが左手を意図的に使ってる事や、探偵団を抹殺するために「友達からメールが来た」と嘘を言った部分に関して、大半の人が気づいていたみたいなので「犯人がわかった時の驚き」はある意味で犠牲になってしまっています。しかし、ハロウィンの花嫁はこの"犠牲"をする事で、深みのあるミステリーに仕上がっていると思います。

たとえば、結婚式の本当の意味(=息の根を止めねばを渋谷に集める事)は、プラーミャ=リシャールという立場にたって初めて推理できる部分なんですよね。(プラーミャ=リシャールとわかっていないと、結婚式に目的があるという前提にそもそも立てない)

これ以外にも、プラーミャ=リシャールだとわかっている事によって深みが出る要素が要所要所に散りばめられており、ハロ嫁はまさにハイリスクハイハイハイハイハイハイハイハイハイリターンです笑

私は、紺青の批評にて、
『「犯人誰でしょうを撤退的にやる」か、やらないなら徹底的に倒叙に全フリするべきで、中途半端はよくない。それはわかりにくさにつながる』
という風に書いていましたが、必ずしもそうではないのだなと…ハロ嫁から新しい知見をもらいましたね。
 
そうだとしても、次回作以降は犯人誰でしょうをしっかりやって欲しいとは思ってますけど笑


2. 映画のわかりにくさについて

1回目は「わかりにくい部分」だと考えてた部分が見事に「複数回見て深める部分」に変わりました笑

【ちなみに、「わかりにくさ」って表現は曖昧で不適切な表現かなと感じました。わかりやすいかどうかは、見た回数や主観にかなり依存してしまうので、これからは「ゴチャゴチャ感」と表現することにします】

ハロ嫁はわかりやすいかわかりにくいかは知らんけど、少なくともゴチャゴチャ感は全くない!と主張しときます笑


3. プラーミャの動機について

初見感想の時は、プラーミャがなぜ殺し屋を始めたのかどうかに言及がなかったのが一番残念だったと書きましたが、その後様々な感想読んだり、実際に2回目見てみる事によって考えが変わりました。

まず、プラーミャの性格について分析します。プラーミャには自分の姿を目撃した者は全員殺すというプラーミャなりの信念が存在しています。

また、精巧な爆弾を作り続けるためだけに右腕が上がらないという戦闘・生活上の不利を受け入れた、という事実から、プラーミャは"自身の製作した爆弾を使って人を殺す事にある種の快感を覚えている"事も読み取れます。

一方で『殺し屋』というのは殺しに快感を覚える、という感情的な性質よりも"金をもらう代わりに確実にターゲットを殺害する"という事務的な性質が強いものだと思うんですよね。

この為、1回目見た時は『プラーミャは殺し屋なのに感情的な性質が強い』事に違和感がありました。

しかし、ジャック・ザ・リッパーとプラーミャに共通点を見いだした所、何ら違和感ない事に気づきました。

ジャック・ザ・リッパーは殺し屋ではないですが、モリアーティの命令で殺害を行っていた事から実質的に殺し屋みたいなもんですよね。

一方で、モリアーティの想像を越える暴走をし、無関係な女性を殺害しました。さらに、「自分の中に流れる凶悪な血を次の世代に引き継ぐ」というわけのわからん信念を持っていました。

『殺し屋でありながら、感情的な性質と事務的な性質をあわせ持つ』という意味で、プラーミャとジャック・ザ・リッパーはかなり似た性質の持ち主なんですよね。

ここで、
エレニカの夫はロシアの政治家の息子の犯罪を証言しようとしてプラーミャに殺された(間違ってるかも)という事は、プラーミャはロシア国家からの依頼でエレニカの夫を殺害したのだろうと想像できる(これは、私が思い付いた事ではなく、Twitterの相互フォローの方が言っておられた事です)
事を踏まえると、プラーミャを冷徹な殺し屋に仕立て上げたのはロシア政府だったんじゃないでしょうか。
(ベイカー街でいうモリアーティが、ハロ嫁でいうところのロシア政府に対応するのではないか、という事)

そう考えると、活動拠点が主にロシアだったのも納得ですし。
※この推理はあくまで想像で、現実の人物・事象とは一切関係ありません

まあ長々と書きましたが、要はベイカー街でジャック・ザ・リッパーに(視聴者側からみた)動機がなかった事に何の問題もなかったのだから、ハロ嫁でプラーミャに(視聴者側からみた)動機がないのは何の問題もないだろ、っていう事です。


4. 捕捉

初見感想ブログで、ガムつめたら爆弾止められるってショボくない?って書いたんですけど、このガムつめたところって、表のパネルを剥がさないと出てこないんですよね。

つまり、ある程度まで爆弾を解体していなかったらガムで爆弾を止める措置は取れなかったという事なので、爆弾がショボいというのはちょっと違うような気がしました。

もう1つ、
『ヘリでプラーミャとやり合う安室。そのまま墜落したから2人とも死ぬやろーw』とコメントしましたが、このシーンは結構深い意味があるんじゃないかと、2回目見て思いました。

安室は墜落中のヘリの中でプラーミャとやり合った後、プラーミャの腕を掴んだままヘリから落ちそうになっていました。

普通に解釈したら、
ヘリから落ちたら死んでしまうのでプラーミャの腕を掴んで落ちないようにしたんだろう
と考えられますが、私は
『もしかしたら相討ちでプラーミャごとヘリで墜落しプラーミャを抹殺しようとしたのではないか』と思いました。

つまり、プラーミャの腕を掴んでプラーミャの動きを封じる事によってヘリの墜落の衝撃から逃れられないようにして、そのまま落下しプラーミャを殺そうとしたんじゃないでしょうか。

ヘリが墜落する前に飛び降りた方が安室自身は助かる可能性が高いですが、プラーミャの動きを封じる事はできないのでプラーミャも飛び降りて助かる可能性が高いです。

反対に、飛び降りずにプラーミャの腕を掴み続けていれば、プラーミャごとヘリを落下させプラーミャを殺害できる可能性が高いですが安室自身も衝撃に巻き込まれて死ぬ可能性が高いです。

この2択に迫られた安室は自分が死んででもプラーミャを抹殺する事を選んだんじゃないでしょうか。なぜなら、プラーミャは安室の同期3人が命を懸けて追った相手だったから。まさに「命がけだったんだ…無駄にはできない…」と思ったから。(安室は、犯罪者でも殺さないという信念を持っていない)

結果的にはプラーミャも安室も墜落で死にませんでしたけど笑

まあ深読みしすぎ感は否めないですが、こんな風に深められる作品に仕上がってるのは本当に素晴らしいですね。


感想は以上です。読んで頂きありがとうございました。Twitterもやってます

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