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Chiquiのブログ

人生思わぬ方向にばかり進む中、喜怒哀楽を重ね、七転び八起き、毎日頑張ってます。
声をあげて泣いてしまった今日、自分を奮い立たせるために、ブログを開始しました。

なんだか最近毎週毎週「ご報告★」というハッピーなメールがきます。

毎週というか、先週は2件もお知らせがきました。



当然、妊娠しましたー♪ってやつです。



その前の週に、また違う知り合いから妊娠のご報告を受け、

こっちはしっかりきっちり生理が来て、ド~ンと落ちていましたが、

なんだかこうもお祭りのようにジャンジャカお知らせが来ると、

落ち込み一周して平常心に戻る、という変なスパイラル。



その間、落ち込んで、泣いて、悲しくなって、心がサワサワして、

自己嫌悪に陥って、でも人は人、自分は自分なんて勇気づけてみたりして、

そんでもって落ちても仕方ないから、ハッピーになろうとしてみたりして、

色々考えても自分の状況ではどうしようもないんだぞ、とか言ってみたりして、振り出しに戻る・・・というようなループ。



ポジティブなんだかネガティブなんだか分かりにくいです。



私は、今月は夫に会えないので、明日にでも始まる排卵期は見逃し。

なんか、こんな状況切なくて、いつまでこんな事続くのか、

先が見えずに心がキューっとなります・・・。



でも、泣いても叫んでも、いないもんはいなくて、

いくらしっかり排卵が来ても、どうしようもないですね・・・。



先日準備だけは万端にしようと、妊娠するのに問題がないか

病院に診てもらいに行ってきました。



とはいえ、予防接種もしたし、基礎体温は6年間くらい測り続けてるし、

排卵をチャックする棒?で排卵がきてる事も確認してるし、

これ以上何をしたいの?とも思われるでしょうが、

血液検査したり、卵がしっかり育ってるか診てもらったり、とか

周りから聞きかじった検査とやらをしてみたかったのです。



そしたら先生から一言。

「妊娠できるかどうかなんて誰にも分かりません。1年間トライしてダメだったら検査する事もあるけれど、今からという人には1年後に来ていただきます」

だって・・・。



そうなの?そんなもんなんでしょうか。



しかも、

「私が第一子を産んだのは私が35歳の時です。あなたがあと10歳年を取っていたら私も考えますが、33歳ならまだまだ若いです。」だって。



ほんと、そんな先生と比べられても困ります。

私は5年前に結婚した時から子供が欲しいのです。

日本なら33歳は高齢出産ではないにしろ、それでもハイリスクと言われますよね。国が変わるとこうも変わる。



私の熱意に負け、とりあえず血液検査だけしてくれることになりましたが、

先生全然分かってない!



ので、今度は違う先生のところに行ってみます。



お医者様からしたら、確かに1年間でもトライした後じゃないとどうしようも判断できないのかもしれないですが、私は1分1秒でも無駄にしたくないのです。


クリスマス前には夫が一時帰国するので、1月、気合を入れて頑張ります。










家庭によっても違うと思うのですが、私にとって「親戚」といえば、おじやおば、いとこたちであり、法事や結婚式となるともうちょっと範囲が広がって祖父母の兄弟やその子供達、はとこなどが登場します。



でも、いとこだって母方の方とは姉妹のように仲良くしていても、父方の方とは子供の頃に会って以来全く会っていない人もいます。



夫に出会ったころ、話の中によく「いとこが・・・」とか「おじさんが・・・」とか親戚の人が登場し、また次の話の中で「いとこが・・」と出た時に、「あ、この前の人?」と聞くと、それとは違ういとこだと言い、黙って話を聞いてると、いとこが出てくる出てくるどんどん出てくる。



で、どんだけ大きな家族なんだろうと聞くと、自分は兄との二人兄弟だし、母方は4人兄弟、父方は分からない、と。



ん?父方は分からない・・・ってあなたお父さん健在で離婚も別居もしてないよね???分からないってどういうこと?



とはいえ、いつもの話から13人兄弟、とかそんな大家族をイメージしていただけにちょっと拍子抜け。



じゃぁ、母方の4人兄弟は、それぞれ子沢山なの?と聞くと、2人とか3人とか。



それにしては、出てくるいとこの数が多いぞ。



次にいとこの話がでた時に、思わず聞きました。

そのいとこ、どのいとこ?



彼の説明。

そのいとこは、父方のおじさんの奥さんの妹が再婚した旦那さんの元奥さんの友達の子。



は?



アホみたいに真剣に辿っていったけど、最後の友達の子ってなに?

友達の子っていとこ?

その前に、おじさんの奥さんてとこで、血のつながり0%?

まぁ100歩譲って、血の繋がりがなにさ、と言ったとしても、その奥さんの妹が再婚した旦那さん、あたりでもう全く関係ないです。



つか、再婚同士良かったね、なんて一瞬思ったのも束の間、その元奥さんが登場して、その上その元奥さんの友達????

そしてその子供がいとこ????



あー、もうアホらし。



それって、知り合い、とか知ってる人、とかそういう呼び方だよね。

しかも、会ったことないんだって。じゃぁ知り合いでもないじゃん。



しかも、その会ったことのない「いとこ」が遊びに来るんだって。

でも、その「いとこ」が着く日にどうしても仕事を抜けられず、空港に迎えに行かれないから、私に行ってほしいんだって



え???? 私?



確かに、いとこが遊びに来るんだーという話の中に私が、どのいとこ?と割り込んだけど、いとこの定義に夢中になっていて、遊びに来る、の部分をスルーしていました。



えええええ!!!!!



とは思ったものの、当時学生で時間のあった私は断る理由もなく、行きましたよ、空港へ。



よく空港で紙に名前持って待っている人がいるけれども、あれって結構大変ですね。名前をデカデカと紙に書いて、顔も特徴も分からない人を探す。



最後の最後で連絡が取れず、あっちは私が来る事は聞いていないらしい。

なので、きっとラテン系の男の人が待っていると思っているはず。

まさか、アジアンの女の人が待ってるとは思わないだろうから、私もかなり必至。



それがそれが全然見当たらない。運悪く、同じ時間に数本のフライトが到着したようで、人がわんさと溢れ返っている。



困ったな・・・。



あれ?スーツケースをカートに乗せて押している人ごみの中に、バックパックにヤカンとヘルメットを付け、頭に洞窟探検隊のようなヘッドライトをつけた人を発見。


ニヤニヤしている。近づいてくる。口を開けた。
「HOLA、Hello, good, thank you」

どうしよう、一人で会話終了しちゃった。



いとこ、無事到着。



彼の仕事が終わるまで、街を案内して時間を潰すことになったのですが、彼の話の中からも、散々「いとこ」の話が出てきました。



私が思うに、彼の国では、同じ町に住んでいれば皆いとこ、自分の親戚に関わり合いがある人は皆いとこ。ある意味、人類みな兄弟です。



結婚して5年経った今はもう慣れましたが、最初のいとこに始まり、我が家には見たことも会ったこともないいとこ達が、年に1度くらい遊びに来ます。



そして、夫が海外赴任でいない我が家に泊まります。

わたし、なんのこっちゃです。



結婚してから数か月が経ったある日のこと。

そろそろ子作り解禁しようぜい、という私に言った夫の一言。


「やっぱり子供はいらない」


・・・・・・・はぁ????


卒業間近の学生結婚で就職してすぐだった私たちは、子供はとりあえず生活が落ち着いてからだね、という話し合いを結婚前にしていました。


でも、お互いに母国で仕事もしてからこの国へ来て、学生に戻り、卒業、就職、だったので、当時私は30歳手前のお年頃、夫も30歳を過ぎていました。


なんとなく、30歳までには第一子を授かりたいと思っていた私は、「生活が落ち着いてから」を数ヶ月くらいと解釈しており、時間もあまりないことだし、さっさと始めようぜぃ、くらいの勢いでした。


ところが、夫のこの発言。


え、全く意味がわかりません。

ここで議論すべきは、いや、まだ早い、いいえ、もうそろそろいいはずよ、

であって、「やっぱり子供はいらない」という発言は全く当てはまりません。


結婚したからには私の人生には必ず子供が必要で、自分たちで産めないのであれば、養子をもらってでも子供が欲しく、私にとってはそれが『家族』というものです。


そのため、結婚する前にその想いを伝え、子供が欲しくない人とは一緒になれないとはっきり言いました。その時夫は、自分も子供が好きであること、今は学生なので、子供を持つとしたら生活が落ち着いたその後になるだろうこと、を私に話してくれました。


なので、夫の衝撃的な発言を聞いたその時、詐欺罪で訴えてやればよかったと思いました。でも、実際にはショックが大きすぎて、本当に言っている意味が分からず、ただただどうして?なんで?と涙が出るだけでした。


ちなみに、夫は頑固です。

それはもう一旦頑なになったら白でも黒!絶対黒!なにがなんでも黒です。


その日から私の戦いが始まりました。


まずは、自分との戦い。

私は夫が好きで結婚したし、この人と一生一緒に生きて行きたいから一緒になったはず。もし、彼との子供ができなくても、それでも一緒に生きていきたいだろうか。彼のせいで、一生子供を産むチャンスを失ったら、彼を恨んでしまわないだろうか。彼と家庭を築きたいのであって、他の人と再婚して子供を授かる事にどれほどの意義があるのだろうか。


そして夫との戦い。

私の人生にとっての子供を持つことの重要性。

何が理由で子供が欲しくないのか。何を解決すれば子供が持てるのか。

10年後に気が変わっても高齢出産でリスクが高まる可能性。

そもそも、なぜ子供が欲しい私と結婚したのか。

子供がいらないなら、なぜ結婚というコミットメントをしたのか。


彼の言い分はまぁ半分は理解できるものでした。

・就職したばかりで経済力がない

・仕事をしながら色々な国へ行ってみたい(そういう職種です)

・今住んでいる国の永住権がないので、まずは永住権取得が先

・この国は物価が高く、メイドも雇えず、とても子育てできる環境ではない

・おむつを替えたり寝不足になったりするのがイヤ

・5年後くらいに話が通じる7歳くらいの子を養子にするならOK


まぁ要するに、父親になる準備が全くできておらず、今はここまでくるのに努力した自分の方が優先。子供は障害にこそなれど、百害あって一理なし、の状態。それよりも、今考えると、きっと彼は怖かったんだと思います。

あんまり父親になる前から父親になる準備万端!という人はいないと思いますが、彼の場合はそれに輪をかけて、果たして自分たちでやっていかれるか、ここまで苦労してやっと手に入れたキャリアの足かせにならないだろうか、永住権も持ち家もメイドもない状態で、この先不安定すぎやしないだろうか。


ま、チキンですな。

こわいこわい。こわいよー、なのです。


私は勢い任せのところがあり、そこにボタンがあれば押してみるタイプ。

彼は、石橋叩いて叩いて叩きすぎて気付いたら石橋壊れて渡れんがな、というタイプ。


しかも、石橋叩き割るくらいだから、彼は相当固い物質でできており、キングオブ頑固。


私は、まぁいっか、で変幻自在に形を変えてどこへでもどこまでも流されていくクイーンオブ流れ。


なんだろね、この二人。


とりあえず、私は戦いました。人生の中でこんなにひとつの事にこだわって、自分の意思を貫き通した事はありません。

でも、今度ばかりは、いくら考えてもまぁいっか、にはなれず、

足かけ5年、説得、忍耐、説得、忍耐、我ながらよく頑張りました。


途中、もうダメかと投げ出したくなったこともあったし、しばらく触れずに過ごしてみたこともありました。

でも、やっぱり彼の子供が欲しくて、どうしてもどうしても諦められなくて、泣いたり、脅したり、怒ったり、おだてたり、手を替え品を替え、訴え続けました。


最終的には、5年間待ち続け、とうに30歳を過ぎ、彼の望み通りに私も仕事を続け、彼の望み通りに彼は世界各国を仕事で飛び回り、まだ取得していないけれども永住権も申請し、持家はまだでもいつでも買える程の貯金(頭金分)をし、それでもまだ彼の身勝手で私の望みを叶えられないなら、一緒に生きていく相手を間違えたのかもしれない。この望みは彼にしか叶えられないのに、それをしたくないなら、そこまで私に愛がないのかもしれない。と伝えました。


そして夫が「YES」と首を縦に振り、「I am so sorry」と謝りました。

今まで本当に身勝手だったこと、そしてそれに気がついていなかったこと、

私がそれでも一緒にいてくれて心から感謝していること、私と一緒に子供を持ち、暖かい家庭を築いていきたいこと、私たち二人の子供に会いたいこと、をゆっくり、しっかり伝えてくれました。


はぁ。長かったです。本当にめげそうになりましたが、待ってよかった。

私33歳、彼36歳。その日から子作りスタートです。

私はいつ彼の気が変わってもいいように、結婚してからずっと基礎体温も付けてますし、予防接種も完璧、自分の体のサイクルは把握できてます。


問題はただ一つ!

彼が単身海外赴任ばかりでチャンスがない!トホホ・・・。

子作りに合意した話し合いの時は、彼が一時帰国してました。

でもまぁ第一回目ですし、奇跡的な一回目妊娠はありませんでした。

トライ中の方からすると、1回目なんてないない、と思われるでしょうが、

5年間の忍耐後、奇跡が起こって欲しいと心から思っていました。


その翌月は泣く泣く見送り、その次の月は彼の赴任先まで私が会いに行き、神でも仏でも誰でもいいので、奇跡を起こして!と願ったにも関わらず、しかも、今回は手ごたえ(?)があったと思ったのに、時計のように悲しいほど正確に生理が訪れました。


来月は会えないので見送りです。

でも、その次の月は帰ってくるので、奇跡が起こって欲しいです。

実際には、2年くらいはかかると思っていますが、それでも、奇跡を願って止みません。


周りで、今月もダメだった、という会話をよく聞いていましたが、トライさえもさせてもらえなかった私には、その会話さえも羨ましくて仕方ありませんでした。5年待って、やっとそんな事も言えちゃう今は、本当に幸せです。

早く私たちの子供に会いたいです。

早く、早く、私たちのところに来てください。