拝んでいないと言われた私は、思わず最近の様子を反芻する。
「わしが、こうやってお経を上げてあんたに念を入れた。そしたら、あんたがそれを全部跳ね返しよるんや」
跳ね返す????
???
「普通はお経がスッと相手に入って行くんや。それが、わしのお経を全部跳ね返すっちゅうことは、あんたが守りがない状態やいうことや。
これは拝んでへんからや。言うたら先祖の守りがない状態や。」
私はご住職の言葉にのけぞりそうになった。
一字一句詳しく説明してくれたわけではないが話を要約すると、守りがないことで、吹き出してきた未浄化のご先祖さまの影響を、まともに受けてしまっていると言うことらしい。
二ヶ月近く、まともにお経を上げる事が出来ていなかった。
しかし、直近で間は空いたとはいえ現在まで、十分と言えないまでも多少の供養は行ってきていたのに?!守りがない。....ご住職に言われた言葉は、とてもショックだった。
この二ヶ月は寝込む日も続き、声も出ず、回復しかけても咳込みも酷くまともに拝むことができなかったことを話した。
しかし、ご住職に言わせるとそんなことは関係ないとの一言だった。
もはやこれは佛道修行か?そう思った。
私は、供養を申し込んだ時、何か毎日やらなければいけないことはないかとお聞きしたのだが、何もないとの返答だった。
そんなことならば、きちんと言って欲しかった..とも思ったが、仏様からしたら、こっちの体調がどうなど関係の無い話な上、ご住職からしても、当たり前の事をいちいち言う必要もないと言う感じだったのかもしれない。
私は自分の考えがまだ甘いことにとても反省をした。
この時、ご住職から供養には「観音経(偈)」が良いと教えて頂いた。
そのあと、いくつか疑問に思っていた事を質問した。
「例えば同じ家系の子孫で、比較的物事がスムーズで、先祖問題に一切関与しない人と、私の様に幼少期から色々あり、こういった家系の問題に向き合わされる人、なぜ人によってこの様な差が出てくるのですか?」
ご住職曰く、それがまさに業(ごう)とのことだった。
「そういった問題が一定の人に出てくるのは、その家系との因縁が濃く生まれとるからや。
あとはその人自身の因縁、業の深さやな。問題が出てくる人は因縁深い生まれやということや。」
私は、以前から業つまりカルマには2つあると思っていた。
一つは家系の業、もう一つはその人自身が持つ業(前世から来るもの、魂の課題、個人的な宿縁)
これは、じぃちゃん先生と様々な事を話すなかで、そう感じていた。
この2つを纏めると、因縁深いから故、同じ因縁が深い家系に生まれるということになる。
まだまだ聞きたいことはあったものの、かなり多忙な方の為、このあとどうすれば良いかの対処を再び聞いた。
ご住職は引き出しから見た事のない、お札(ふだ)の様な形状のものを3枚出してこられ、それを私に渡してくれた。
「これをあんた、そしてお父さん、弟くんに渡してあげなさい。布団の下に敷いて寝たら良い」
私は、このまま帰らされたらどうしようかと思っていた為、再び安堵。
お礼を伝えてお寺を跡にし、帰りにさっそく弟にそのお札を届けた。
翌日、驚いた様子で弟から連絡が入った。
「どうなってんの?お札効いたかもしれへん!」
昨晩、半信半疑で貰った札を布団の下に敷いてみた弟。正直信じていなかったが、朝目が覚めて起きると確かに体がとても軽く楽になっていてビックリした!とのことだった。
そして、同じく父親も幾分いつもよりしんどさが和らいでいる様子が見受けられた。
ところが肝心な私はというと、あまり効果がなかった......
続