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バタログ

バタコの日常、頭の中を更新。
書きたい事を書いてます。文章は長め。

ちょっといつもの感じと違うテイストのブログを書きます。

どうしても書いておこうと思った。

 

 

テレビ番組の「笑ってコラえて!」や

yahooニュースにも上がってるから

知ってる方もいるかもしれないけど

 

 

私は今勝手に遠藤和(のどか)さんを応援してます。

【最近のyahooニュース】

【和さんのインスタ】

https://www.instagram.com/nodoka7491/?hl=ja

 

 

24歳、年齢は私の10歳下の1児の母。

この5月末には余命数週間との宣告を受けている彼女。

 

 

何も出来ないって分かってる。

けど、祈らずにはいられない。

 

 

全然知らない方だけど

どうか生きて欲しい。

 

 

どんなに辛い事があったとしても

命があるだけで何とかなる。

 

 

迷ったり悩んだり苦しんだりするのも

命があるからこそ出来るもの。

 

 

笑ったり喜んだり楽しんだりするのも

生きていないと出来ないもの。

 

 

和さん、どうか生きて欲しい。

 

 

娘ちゃん、旦那さんと

まだまだたくさんの時間を共有して

たくさんの感情を味わって下さい。

 

 

何故、全然知らない彼女の事を

こんな風に書かずにはいられなかったか。

 

 

私は今、自分という人間を理解しようと

自分と向き合ってる時間が長い中で

湧き上がってきた感情がありました。

 

 

苦しみも喜びもやるせなさも

どんな感情であっても全て全て

生きているから感じる事ができるって。

 

 

黄泉の世界はわかんないじゃん。

行ったことないから。そりゃそうなんだけど。

 

 

生きていればそりゃ苦しい事もある。

たくさん悩むし、全てを投げ出したくなる事もある。

 

 

ネガティブな事が起こったり

人生が停滞してるって思ったりすると

焦ったり、人と比べる事はある。

 

 

自分と向き合って、焦ったり人と比べる事に

意味はないって頭で分かっていたとしても

今後も感情として瞬間瞬間でゼロになる事はない。

 

 

でも、それでいいんじゃんない?

それが生きてるってことじゃない?

 

 

生きて色んな感情を感じ尽くそうよ。

これが全てをひっくるめてどれだけ幸せなことか

和さんより10年先に生まれてる私だけど

和さんを知って気が付いた部分がたくさんあるよ。

 

 

和さん、まだ24歳だよ。

まだまだ色んな感情を味わう瞬間が待ってるよ。

 

 

貴方を必要としてる人がたくさんいる。

貴方の事を全然知らない私もそう。

 

 

どうか、どうか、生きて!!

生きていれば何とかなるよ!!

小さい頃からたくさんの習い事をさせてもらいました。

ピアノ、習字、スイミング、体操、学習塾

 

 

全部一斉に行ってたわけじゃないけど

本当いろんなことをやらせてもらったなぁ

 

 

この中で最も続いたのが

「ピアノ」でした

 

 

3歳から20歳ぐらいまで

大人になるにつれ

毎週はレッスン行けなくても

好きな曲の楽譜買っては

たまに先生にレッスンついてもらったなぁ

 

 

思えば、私にとってピアノは

唯一の趣味だったかも

 

 

楽譜を読解して

演奏できなかったものが出来た時

最高に楽しかった

 

 

あんまり自分の為に

自分を楽しむって実は得じゃないって

最近分かったんだけど

 

 

考えてみれば、ピアノは私にとって

唯一自分の為だけの楽しみだったかもしれん

 

 

子供の頃に買ってもらったピアノは

私が31歳の時にお別れをしました

その理由が家をリフォームするから!笑

 

 

両親曰く、孫が(私にとっては弟の子供)

遊びに来た時に家が広い方がいいから!笑

私のピアノは孫に負けました…笑

(全く弾かなくなってたからいいんだけどね)

 

 

まぁ、そんな理由で

ピアノを手放して間もなく4年くらい

 

 

何となくなんだけど

またピアノ弾きたいなぁ

って最近思ってたんですよ

 

 

今の家に置く場所ないけど笑

まして一人暮らしの家にも

そんなスペースないけど笑

 

 

そしたらよ!!そしたら!!

たまたま偶然うちのマンションの

上の階のおばあさま!!

 

 

トイプードルを飼っていて

毎日上下セットアップを着こなし

マスクと服をコーディネートする

超おしゃれなスーパー75歳

 

 

音大卒のピアノ先生だった!!

ってのを昨日マンションのエントランスで

たまたま喋っていて初めて知った!!笑

 

 

うちの家族が今のマンションに引っ越してきて20年

本当に何百回も顔を合わせてるそのおばあさまと

何でそんな話にならなかったのか逆に不思議なくらい

 

 

そっからまさかの展開で

いつでも弾きにおいで~

お金なんていらないから~

演奏見てあげるよ~って

 

 

え、、、本当に言ってる?

では、お言葉に甘えます笑

 

 

自分で自分を楽しませようと

自分に許可を出した瞬間

思いがけない形で!!

ピアノが登場しました♪笑

 

 

楽しみだなぁ~♪

久々に楽譜買いに行こう

あー本当に楽しみやぁ~♪

 

 

何弾こうかなぁ

髭男のpretenderの前奏弾きたいなぁ笑

 

 

こういうワクワクすごい久しぶりな気がする

自分自身を楽しませるってこういう事なんかな照れ

 

 

ちょっとだけやけど分かったかもしれんー☆☆

るろうに剣心から女性について考えてみました。

何かちょっと真面目に、、、笑

 

 

と、その前に昨日見に行ってきたんです!!

「るろうに剣心 the beginning」

 

 

本題に入る前にまずは感想を

佐藤健の顎からデコルテラインの色気がヤバいので

世の中の女性の皆様どうか見て下さい笑

 

 

もちろん内容も良かったーーー

あんまり私ドラマとか映画ってハマらないんだけど、

剣心は本当に良かったーーー

 

 

で、何が良かったかって話で

こっからが本題に繋がります

 

 

今回の映画を見るのにあたり

過去のるろ剣映画のシリーズを

ネットフリックスで一気見しました

 

 

で、もちろんご存知の方は多くいると思うけど

るろうに剣心ってそもそも江戸から明治にかけての

時代の過渡期を描いた映画なんですね

(私は詳しくは全然知らなかった…笑)

 

 

ちょっと違うかもしれないけど

地の時代から風の時代でコロナ禍を生きる過渡期の現代

今の私達にオーバーラップする部分もありました

 

 

その中で、最も私が感じたのは女性の在り方

女性が何の疑問もなく守られる存在だった時代

正直ちょっと羨ましくも感じる部分もありました笑

 

 

いつからだろう、、、

強いを良しとする女性像が台頭したのは、、、

男女雇用機会均等法が出来てから?

女性に選挙権が与えられるようになってから?

 

 

明確には分からないし、

例えば、今日この法律が制定されたから

明日から女性の権利は強く認めてもらえるようになった

というものでもなかったのは歴史で知ってる

 

 

時代を重ねて少しずつ少しずつ

女性が社会に表に出るようになった

こんな感じなのかな~と勝手に理解してます

 

 

そう思うと先人の女性はすごい

現世を生きる私達からしたら本当感謝ではあるけど

剣心を見て思ったのは

古き良き女性像を垣間見えた気がしました

 

 

それが何かって言うと

ようやく辿り着いたんだけど笑

 

 

すっごい自然に男性に

「守られる存在」なんです

 

 

これ本当にちょっと時代錯誤かもだし

誤解を恐れなく言うとって感じなんだけど

 

 

結果的にそうしてる方が

自分を自分で女性として

認めてあげられる気がする

 

 

自分(私)は

このままで大丈夫

このままで良い

守ってくれる人がいるっていう安心感

 

 

すっごい抽象的な言い方なんだけど

無条件に女でいられるって思ったんです

 

 

愛する人を愛して

大切な人や生活を守る

 

 

そういう江戸明治の女性を見て

現代を生きてる私にも

やっぱどっかプログラミングされていて

 

 

信じるってこういうことか

愛するってこういうことか

 

 

って、すっごい漠然となんだけど思った訳です

もちろん現代を否定してる訳じゃなく

 

 

男女の在り方っていうのかな

それがそのプログラミングに従う方が自然いうか

守られてる安心感があるから強いんだと思った

 

 

だって強いんだもん笑

江戸明治の女性笑

 

 

きっと現世を生きる私達女性よりずっと強い

これは私の主観ではあるけど笑

 

 

私は社会に出て働いて

男性と同じように会社員をしてる

でも、肩を並べようとすると

どっか歪みが出る

 

 

これは会社員をしながら

ちょっと前から思ってた

 

 

能力としては男性と五分五分であったとしても

何なら変な話ちょっと女の自分の方が高くても

何故か上手くいかないんです

 

 

それを剣心を見て私的な見解では

男性と張り合っても意味が無いなって

 

 

男女で役割が違うって

本当によく言ったもので

 

 

それを「認める」方が

私が「女として楽」なんだって

気が付いた部分がありました

 

 

江戸明治は

「男」=外に出る 「女」=内にいる

が、本当に顕著で役割が明確でした

 

 

だから意識せずとも

自然に「女」が「女」でいられる

そんな風に思ったんです

 

 

私は現世を生きる中で

自分が表現する「女」って

どうしても男性と肩を並べて

「対等でいよう」とする姿だった

 

 

それも人権や1人の人間として

間違いではないと思う

 

 

でも、私はあまりにも

自分が社会で「対等でいる」事が

今の「女」だと思ってきた気がする

 

 

剣心を見て本能的な感覚で思った

「あ、守られたい」

(相手が佐藤健ならみんなそうかも説はあるけど笑)

 

 

でも、ちょっと真面目な話

「女」っぽい自分を

認めるとこから始めよう

そんな風に思ってます